・・・ 私が昔二三人連れで英国の某離宮を見物に行った時に、その中のある一人は、始終片手に開いたベデカを離さず、一室一室これと引き合わせては詳細に見物していた。そのベデカはちゃんと一度下調べをしてところどころ赤鉛筆で丁寧にアンダーラインがしてあ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・二三日またぐれだして、保険会社の男とかと、始終どこかへ入り浸っていた。 お絹はぶつぶつ言っていた。「この家は、これでいったいなり立ってゆくのかね」道太はおせっかいに訊いた。「さあどうやら、見こみないでしょう。私厭だと言ったんだけ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・死減一等の連中を地方監獄に送る途中警護の仰山さ、始終短銃を囚徒の頭に差つけるなぞ、――その恐がりようもあまりひどいではないか。幸徳らはさぞ笑っているであろう。何十万の陸軍、何万トンの海軍、幾万の警察力を擁する堂々たる明治政府を以てして、数う・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・年来の生活状態からして、私は始終山の手の竹藪の中へ招かれている。のみならず、この竹藪や書物のなかに、まるで趣の違った巣を食って生きて来たのです。その方が私の性に合う。それから直接に官能に訴える人巧的な刺激を除くと、この巣の方が遥かに意義があ・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・私は岩元君とは明治二十七年卒業以来、逢う機会がなかった。私の頭には、痩せた屈み腰の学生服を着た岩元君をしか想像することはできない。私は始終鎌倉に来るようになってから、一度同君を尋ねて見たいと思っていた。しかし今度こそはと思いながら、無精な私・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・老人共は始終愁眉を開いた例が無い。其他種々の苦痛がある。苦痛と云うのは畢竟金のない事だ。冗い様だが金が欲しい。併し金を取るとすれば例の不徳をやらなければならん。やった所で、どうせ足りッこは無い。 ジレンマ! ジレンマ! こいつでまた幾ら・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・しかし目は始終紙を見詰めている。 この男がどんな人物だと云うことは、一目見れば知れる。態度はいかにも威厳があって、自信力に富んでいるらしい。顔は賢そうで、煎じ詰めたようで、やや疲労の気色を帯びている。そう云う態度や顔に適っているのはこの・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・一世に知られずして始終逆境に立ちながら、竪固なる意思に制せられて謹厳に身を修めたる彼が境遇は、かりそめにも嘘をつかじとて文学にも理想を排したるなるべく、はた彼が愛読したりという杜詩に記実的の作多きを見ては、俳句もかくすべきものなりとおのずか・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・この花の下を始終往ったり来たりする蟻に私はたずねます。「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい」 蟻は活発に答えます。「大すきです。誰だってあの人をきらいなものはありません」「けれどもあの花はまっ黒だよ」「いいえ、黒・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・ よく知ってる、中央アジア=タシケントにいた時分始終のんでいました。 あっちじゃいつも青い茶を飲むんです、暑気払いに大変いいんです。 小さいカンの底に少し入っているまんま持って行ったら、手のひらへあけて前歯の間でかんだ。 ――こ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫