・・・ 田宮は薄痘痕のある顔に、一ぱいの笑いを浮べたなり、委細かまわずしゃべり続けた。「今日僕の友だちに、――この缶詰屋に聞いたんだが、膃肭獣と云うやつは、牡同志が牝を取り合うと、――そうそう膃肭獣の話よりゃ、今夜は一つお蓮さんに、昔のな・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「委細を聞き終った日錚和尚は、囲炉裡の側にいた勇之助を招いで、顔も知らない母親に五年ぶりの対面をさせました。女の言葉が嘘でない事は、自然と和尚にもわかったのでしょう。女が勇之助を抱き上げて、しばらく泣き声を堪えていた時には、豪放濶達な和・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・そうして是非一度若旦那に御目にかかって、委細の話をしたいのだが、以前奉公していた御店へ、電話もまさかかけられないから、あなたに言伝てを頼みたい――と云う用向きだったそうです。逢いたいのは、こちらも同じ思いですから、新蔵はほとんど送話器にすが・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 古女房は委細構わず、笊の縁に指を掛けた。「そうですな、これでな、十銭下さいまし。」「どえらい事や。」 と、しょぼしょぼした目をみはった。睨むように顔を視めながら、「高いがな高いがな――三銭や、えっと気張って。……三銭が・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・酒屋は委細構わず、さっさと片づけて店へ引込えい。はッ、静御前様。(急に恐入ったる体やあ、兄弟、浮かばずにまだ居たな。獺が銜えたか、鼬が噛ったか知らねえが、わんぐりと歯形が残って、蛆がついては堪らねえ。先刻も見ていりゃ、野良犬が嗅いで嗅放しで・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・それで納得のいった吉田ははじめてそうではない旨を返事すると、その女はその返事には委細かまわずに、「その病気に利くええ薬を教えたげまひょか」 と、また脅かすように力強い声でじっと吉田の顔を覗き込んだのだった。吉田は一にも二にも自分が「・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 二郎は病を養うためにまた多少の経画あるがためにと述べたり、されどその経画なるものの委細は語らざりき。人々もまたこれを怪しまざるようなり。かれが支店の南洋にあるを知れる友らはかれ自らその所有の船に乗りて南洋に赴くを怪しまぬも理ならずや。・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・村長は委細を呑込んで、何卒機会を見て甘くこの縁談を纏めたいものだと思った。 三日ばかり経って夜分村長は富岡老人を訪うた。機会を見に行ったのである。然るに座に校長細川あり、酒が出ていて老先生の気焔頗る凄まじかったので長居を為ずに帰って了っ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・という事はないが、幽邃でなかなか佳いところだ。という委細の談を聞いて、何となく気が進んだので、考えて見る段になれば随分頓興で物好なことだが、わざわざ教えられたその寺を心当に山の中へ入り込んだのである。 路はかなりの大さの渓に沿って上って・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ 七兵衞は委細構わずどッとゝ駈けてまいると、ちら/\雪が降り出してまいりました。どッとゝ番町今井谷を下りまして、虎ノ門を出にかゝるとお刺身にお吸物を三杯食ったので胸がむかついて耐りませんから、堀浚いの泥と一緒に出ていたを、其の方がだん/・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
出典:青空文庫