・・・なるほど多加志の病室の外には姫百合や撫子が五六本、洗面器の水に浸されていた。病室の中の電燈の玉に風呂敷か何か懸っていたから、顔も見えないほど薄暗かった。そこに妻や妻の母は多加志を中に挟んだまま、帯を解かずに横になっていた。多加志は妻の母の腕・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・松葉牡丹が咲いている。姫百合が咲いている。ふと前方を見ると、緑いろの寝巻を着た令嬢が、白い長い両脚を膝よりも、もっと上まであらわして、素足で青草を踏んで歩いている。清潔な、ああ、綺麗。十メエトルと離れていない。「やあ!」佐野君は、無邪気・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・と片頬に笑める様は、谷間の姫百合に朝日影さして、しげき露の痕なく晞けるが如し。「あすの勝負に用なき盾を、逢うまでの形身と残す。試合果てて再びここを過ぎるまで守り給え」「守らでやは」と女は跪いて両手に盾を抱く。ランスロットは長き袖を眉・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫