・・・ 田口一等卒はこう云うと、狼狽したように姿勢を正した。同時に大勢の兵たちも、声のない号令でもかかったように、次から次へと立ち直り始めた。それはこの時彼等の間へ、軍司令官のN将軍が、何人かの幕僚を従えながら、厳然と歩いて来たからだった。・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・そうしてまた、第一の私と、同じ姿勢を装って居りました。もしそれがこちらを向いたとしたならば、恐らくその顔もまた、私と同じだった事でございましょう。私はその時の私の心もちを、何と形容していいかわかりません。私の周囲には大ぜいの人間が、しっきり・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・痩馬も歩いた姿勢をそのままにのそりと動かなくなった。鬣と尻尾だけが風に従ってなびいた。「何んていうだ農場は」 背丈けの図抜けて高い彼れは妻を見おろすようにしてこうつぶやいた。「松川農場たらいうだが」「たらいうだ? 白痴」・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そんなことをやったおかげで子供の姿勢はみじめにも崩れて、扉はたちまち半分がた開いてしまった。牛乳瓶はここを先途とこぼれ出た。そして子供の胸から下をめった打ちに打っては地面に落ちた。子供の上前にも地面にも白い液体が流れ拡がった。 こうなる・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ なぜなら、今そうやって跪いた体は、神に対し、仏に対して、ものを打念ずる時の姿勢であると思ったから。 あわれ、覚悟の前ながら、最早や神仏を礼拝し得べき立花ではないのである。 さて心がら鬼のごとき目をみひらくと、余り強く面を圧して・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・その間少しも姿勢をくずさないでキチンとしていた。一体行儀の好い男で、あぐらを掻くッてな事は殆んどなかった。いよいよ坐り草臥びれると能く立膝をした。あぐらをかくのは田舎者である、通人的でないと思っていたのだろう。 それが皮切で、それから三・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・乾燥した窮屈な姿勢だった。座っていても、いやになるほど大柄だとわかった。男の方がずっと小柄で、ずっと若く見え、湯殿のときとちがって黒縁のロイド眼鏡を掛けているため、一層こぢんまりした感じが出ていた。顔の造作も貧弱だったが、唇だけが不自然に大・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・それで、私たちは、秋山さんが私の肩に手を掛け、私は背の高い秋山さんの顔を見上げながら笑っているという姿勢をしばらく続けていましたが、やがて写真班がマグネシュームをたこうとしたとたん、待ってくれと声がして、俺もいっしょに撮ってくれと、割りこむ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・横井は椅子に腰かけたまゝでその姿勢を執って、眼をつぶると、半分とも経たないうちに彼の上半身が奇怪な形に動き出し、額にはどろ/\汗が流れ出す。横井はそれを「精神統一」と呼んだ。「……でな、斯う云っちゃ失敬だがね、僕の観察した所ではだ、君の・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 私はこう言って羽織と足袋を脱ぎ、袴をつけて、杉の樹間の暗い高い石段を下り、そこから隣り合っている老師のお寺の石段を、慄える膝頭を踏ん張り、合掌の姿勢で登って行ったのであった。春以来二三度独参したことがあるがいつも頭からひやかされるので・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
出典:青空文庫