・・・けていた泰さんと新蔵とは、この時云い合せたように吐息をして、ちらりと視線を交せましたが、兼て計画の失敗は覚悟していても、一々その仔細を聞いて見ると、今度こそすべてが画餅に帰したと云う、今更らしい絶望の威力を痛切に感じたからでしょう。しばらく・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・いったい監査役というものが単に員に備わるというような役目なのか、それとも実際上の威力を営利事業のうえに持っているものなのかさえ本当に彼にははっきりしていなかった。また彼の耳にはいる父の評判は、営業者の側から言われているものなのか、株主の側か・・・ 有島武郎 「親子」
・・・こう思うと、またある特殊の物、ある暗黒なる大威力が我身の内に宿っているように感じるのである。 もしこいつ等が、己が誰だということを知ったなら、どんなにか目を大きくして己の顔を見ることだろう。こう思って、きょうの処刑の状況、その時の感じを・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・私の今日まで歩いてきた路は、ちょうど手に持っている蝋燭の蝋のみるみる減っていくように、生活というものの威力のために自分の「青春」の日一日に減らされてきた路筋である。その時その時の自分を弁護するためにいろいろの理窟を考えだしてみても、それが、・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・一千年のいにしえの古戦場の威力である。天には雲と雲と戦った。 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・…… 若い時は、渡り仲間の、のらもので、猟夫を片手間に、小賭博なども遣るらしいが、そんな事より、古女房が巫女というので、聞くものに一種の威力があったのはいうまでもない。 またその媼巫女の、巫術の修煉の一通りのものでない事は、読者にも・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・飛ぶと、宙を翔る威力には、とび退る虫が嘴に消えた。雪の蓑毛を爽に、もとの流の上に帰ったのは、あと口に水を含んだのであろうも知れない。諸羽を搏つと、ひらりと舞上る時、緋牡丹の花の影が、雪の頸に、ぼっと沁みて薄紅がさした。そのまま山の端を、高く・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・の名がドレほど世の中に対して威力があったか知れぬ。当時の文学士は今の文学博士よりは十層倍の権威があったものだ。その重々しい文学士が下等新聞記者の片手間仕事になっていた小説――その時分は全く戯作だった――その戯作を堂々と署名して打って出たとい・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・対木村戦であれほど近代棋戦の威力を見せつけられて、施す術もないくらい完敗して、すっかり自信をなくしてしまっている筈ゆえ、更に近代将棋の産みの親である花田に挑戦するような愚に出まいと思っていたのである。ところが、無暴にも坂田は出て来た。その自・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・警察眼の威力というのは、そりゃ君恐ろしいものさ」 警官は斯う得意そうに笑って云った。 午下りの暑い盛りなので、そこらには人通りは稀であった。二人はそこの電柱の下につくばって話した。 警官――横井と彼とは十年程前神田の受験準備の学・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫