・・・更に大自然の威力は気象の激変を駆って眇たる彼の恐怖心に強烈な圧迫を加えた。同時に其単純な生涯から葬り去った。犬の毛皮を貼った板は俯向に倒れて居た。そうして板の裏が僅かに焦げて居た。 長塚節 「太十と其犬」
・・・甲武線の崖上は角並新らしい立派な家に建て易えられていずれも現代的日本の産み出した富の威力と切り放す事のできない門構ばかりである。その中に先生の住居だけが過去の記念のごとくたった一軒古ぼけたなりで残っている。先生はこの燻ぶり返った家の書斎に這・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・「金力や威力で、たよりのない同胞を苦しめる奴らさ」「うん」「社会の悪徳を公然商売にしている奴らさ」「うん」「商売なら、衣食のためと云う言い訳も立つ」「うん」「社会の悪徳を公然道楽にしている奴らは、どうしても叩きつ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ こんな訳であって、――どんな訳があろうとも、発破を抑えつけるなんて訳に行くものではない――岩鼻火薬製造所製の桜印ダイナマイト、大ダイ六本も詰め込んだ発破は、素晴らしい威力を発揮した。濡れ蓆位被せたって、そんなものは問題じゃなかった。・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・即ち事の要用に出でたるものにして、いやしくも家風に厳格を失うか、もしくは主人に短気無法の威力なきにおいては、かの不品行の弱点を襲わるるの恐れあればなり。世間の噂に、某家の主人は内行に頓着せずして家事を軽んじ、あるいは妻妾一処に居て甚だ不都合・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・凡そ感情の暖かい潮流が其方の心に漲って、其方が大世界の不思議をふと我物と悟った時、其方の土塊から出来ている体が顫えた時には、わしの秘密の威力が其方の心の底に触れたのじゃ。主人。もう好い好い。解った。まだ胸は支えているが、兎に角お前を歓迎・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・しかし、日本のあらゆる官僚機構と学界のすべての分野に植えこまれている学閥の威力は、帝大法科出身者と日大の法科出身者とを、同じ人生航路に立たせなかった。「息子を世に立たせよう」という自身には封じられていた希望で、田畑を売ってまで「大学を出した・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・太ったもう一人の弟は被った羽織の下で四足で這いながら自分が本当の虎になったような威力に快く酔う。 そんなことをして遊ぶ部屋の端が、一畳板敷になっていた。三尺の窓が低く明いている。壁によせて長火鉢が置いてあるが、小さい子が三人並ぶゆと・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・「あなたの光線は、威力はどれほどのものですか。」 梶が栖方に訊ねてみようかと思ったのも、何かこのとき、ふと気かがりなことがあって、思いとまった。「ドイツの使い始めたV一号というのも、初めは少年が発明したとかいうことですね。何んで・・・ 横光利一 「微笑」
・・・現戦争によって自然科学はそのあらゆる威力を発揮した。人間は自然力の上に未曾有の強大な支配者となった。しかしそれで人間はどれほどよくなったか。お互いに殺人器をますます精鋭にし、殺人法をますます残酷にしたというほかに、どれほど人間を進歩させたか・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫