・・・そういう田舎の名づけ親のおじさんの所へ遊びに行ったにんじんが、そこの幼いマチルドと婚礼ごっこをして牧場を練り歩く場面で、あひるや豚や牛などがフラッシで断続交互して現われ、おじさんの紙腔琴に合わせて伴奏をするところも呼吸がよく合って愉快である・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・十分やって行けるようにするからと云うんで、世帯道具や何や彼や大将の方から悉皆持ち込んで、漸くまあ婚礼がすんだ。秋山さんは間もなく中尉になる、大尉になる。出来もしたろうが、大将のお引立もあったんでさ。 そこへ戦争がおっ始まった。×××の方・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・知人の婚礼にも葬式にも行かないので、歯の浮くような祝辞や弔辞を傾聴する苦痛を知らない。雅叙園に行ったこともなければ洋楽入の長唄を耳にしたこともない。これは偏に鰥居の賜だといわなければならない。 ○ 森鴎外先生が・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・がッてくれるかと思うと、平田の許嫁の娘というのが働いていて、その顔はかねて仲の悪い楼内の花子という花魁そのままで、可愛らしいような憎らしいような、どうしても憎らしい女で、平田が故郷へ帰ッたのはこの娘と婚礼するためであッたことも知れて来た。や・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・みイちゃんは婚礼したかどうかしらッ。市区改正はどれだけ捗取ったか、市街鉄道は架空蓄電式になったか、それとも空気圧搾式になったかしらッ。中央鉄道は聯絡したかしらッ。支那問題はどうなったろう。藩閥は最う破れたかしらッ。元老も大分死んでしまったろ・・・ 正岡子規 「墓」
雨の往来から、くらい内部へ入って行ったら正面の銀幕に、一つ大きいシャンデリアが映し出されていた。そのシャンデリアの重く光る切子硝子の房の間へ、婚礼の白いヴェイルを裾長くひいた女の後姿が朦朧と消えこむのを、その天井の下の寝台・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・密造酒をつくることも、仲介人が結納品のかけ合をやる婚礼もすぐには絶えなかった。 昔からの民謡を、ピオニェールも謡うだろう。「ステンカ・ラージンの岩」は伝説をもって、やっぱりヴォルガ河の崖にある。 農民作家たちは、いつの間にか、こうい・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・梅と婚礼をせいと云う託宣なんぞも、やっぱりお梅さんが言い渡して置いて、箕村が婚礼の支度をすると、お梅さんは驚いた顔をして、お娵さんはどちらからお出なさいますと云ったそうだ。僕は神慮に称っていると見えて、富田に馳走をせいと云う託宣があるのだ。・・・ 森鴎外 「独身」
・・・ 婚礼は長倉夫婦の媒妁で、まだ桃の花の散らぬうちに済んだ。そしてこれまでただ美しいとばかり言われて、人形同様に思われていたお佐代さんは、繭を破って出た蛾のように、その控え目な、内気な態度を脱却して、多勢の若い書生たちの出入りする家で、天・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・ ――何故にわれわれは、葬礼を婚礼と感じてはいけないのであろう。 彼はあまりに苦しみ過ぎた。彼はあまりに悪運を引き過ぎた。彼はあまりに悲しみ過ぎた、が故に、彼はそのもろもろの苦しみと悲しみとを最早偽りの事実としてみなくてはならなかっ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫