・・・若い時分には、曲ったこと、間違ったことと思う場合はなかなか烈しく喰ってかかることもあったが、弱いものにはいつもやさしかった。婢僕などを叱ったことはほとんどなかったそうである。親思いで、子煩悩で、友をなつかしがった。 若い時分キリスト教会・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・早く行て船室へ場を取りませねばと立上がれば婢僕親戚上り框に集いて荷物を車夫に渡す。忘れ物はないか。御座りませぬ。そんなら皆さん御機嫌よくも云った積りなれどやゝ夢心地なればたしかならず。玄関を出れば人々も砂利を鳴らしてついて来る。用意の車五輌・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・此一面より見れば愚なるが如くなれども、方向を転じて日常居家の区域に入り、婦人の専ら任ずる所に就て濃に之を視察すれば、衣服飲食の事を始めとして、婢僕の取扱い、音信贈答の注意、来客の接待饗応、四時遊楽の趣向、尚お進んで子女の養育、病人の看護等、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・主人は以前の婢僕を誉め、婢僕は先の旦那を慕う。ただに主僕の間のみならず、後妻をめとりて先妻を想うの例もあり。親愛尽きはてたる夫婦の間も、遠ざかればまた相想うの情を起すにいたるものならん。されば今、店子と家主と、区長と小前と、その間にさまざま・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・将来も亦斯の如くならんと勘弁す可し。婢僕の過誤失策を叱るは、叱らるゝ者より叱る者こそ見苦しけれ。主人の慎しむ可き所なり。一 婦人は家を治めて内の経済を預り、云わば出るを為すのみにして入るを知らざる者の如くなれども、左りとては甚だ不安心な・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・と、そぞろごといひけることのありしか、今はこのぬれける袖もたちまちかわきぬべう思はるれば、この新しき井の号を袖干井とつけて濡しこし妹が袖干の井の水の涌出るばかりうれしかりける 家に婢僕なく、最合井遠くして、雪の朝、雨の夕・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫