・・・あなたは、あの夫婦の媒妁人だった筈だし、また、かねてからあの夫婦は、あなたを非常に尊敬している。いや、ひやかしているのでは、ありません。まじめな話です。それで、今夜あなたは御苦労だが、あれの家へ行って、嫁によくよく説き聞かせ、決して悪いよう・・・ 太宰治 「嘘」
・・・また媒妁人は、大学で私たちに東洋美術史を教え、大隅君の就職の世話などもして下さった瀬川先生がよろしくはないか、という私の口ごもりながらの提案を、小坂氏一族は、気軽に受けいれてくれた。「瀬川さんだったら、大隅君にも不服は無い筈です。けれど・・・ 太宰治 「佳日」
・・・私のこれまでの生涯を追想して、幽かにでも休養のゆとりを感じた一時期は、私が三十歳の時、いまの女房を井伏さんの媒酌でもらって、甲府市の郊外に一箇月六円五十銭の家賃の、最小の家を借りて住み、二百円ばかりの印税を貯金して誰とも逢わず、午後の四時頃・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・そうして井伏さんにはとうとう現在の家内を媒酌して頂いた程、親しく願っております。 井伏さんといえば、初期の「夜ふけと梅の花」という本の諸作品は、殆ど宝石を並べたような印象を受けました。また嘉村礒多なども昔から大変えらい人だと思っています・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・女は父母の命と媒妁とに非ざれば交らずと、小学にもみえたり。仮令命を失ふとも心を金石のごとくに堅くして義を守るべし。 幼稚の時より男女の別を正くして仮初にも戯れたる事を見聞せしむ可らずと言う。即ち婬猥不潔のことは目にも見ず耳にも聞・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・又結婚に父母の命と媒酌とにあらざれば叶わずと言う。是れも至極尤なり。民法親族編第七百七十一条に、子カ婚姻ヲ為スニハ其家ニ在ル父母ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス但男ハ満三十年女ハ満二十五年ニ達シタル後ハ此限ニ在ラスとあり。婚姻は人間の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・これまで人が自分達の生長の程度が客観的にどの程度まで行っているか見る力を持っていなくて、而かも一途に恋愛から結婚へ急ぐ事から、所謂恋愛結婚が破綻をした例が多いため、かえって媒酌結婚がいいというような考えかたも生んだのだと思います。結婚出来る・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・当時三十歳を越していた彼女は、自分の境遇に同情し、所謂世話好き人の媒妁によって、土地では金持として知られている或る男と結婚することになりました。 少女時代から不運で、陰気な人生の片側を歩いて来た彼女は、全く、生涯をかけて、嫁して行ったの・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・ いろいろ日本の生活の感情の細かいところにふれて考えてゆくと、ひとに判断の責任をゆだねたこの見つくろいが、案外様々のところに行われているのではないだろうかと思われる。媒酌ということが日本の結婚のしきたりでは単に紹介をする人というのとは異・・・ 宮本百合子 「見つくろい」
・・・自分の生活に自分で責任が持てるという意味からは、媒酌結婚よりもやはりお互に相手を選んだ結婚の方が心持よいだろうというような意見を述べていた。 この座談会は、いろいろな意味で現代の若い婦人の生活態度の面を示している点で注意をひいた。座談会・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫