・・・――と云ってもまさか妬みなぞはすまいな? あれは便りのないみなし児じゃ。幼い島流しの俊寛じゃ。お前は便船のあり次第、早速都へ帰るが好い。その代り今夜は姫への土産に、おれの島住いがどんなだったか、それをお前に話して聞かそう。またお前は泣いてい・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・貴方が余り目覚しい人気ゆえに、恥入るか、もの嫉みをして、前芸をちょっと遣った。……さて時に承わるが太夫、貴女はそれだけの御身分、それだけの芸の力で、人が雨乞をせよ、と言わば、すぐに優伎の舞台に出て、小町も静も勤めるのかな。」 紫玉は巌に・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・どの道、うつくしいのと、仕事の上手なのに、嫉み猜みから起った事です。何につけ、かにつけ、ゆがみ曲りに難癖をつけないではおきません。処を図案まで、あの方がなさいました。何から思いつきなすったんだか。――その赤蜻蛉の刺繍が、大層な評判だし、分け・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ そんな風に、お前の行状は世間の眼にあまるくらいだったから、成金根性への嫉みも手伝って、やがて「川那子メジシンの裏面を曝露する」などという記事が、新聞に掲載されだした。 勿論、大新聞は年に何万円かの広告料を貰っている手前、そんな記事・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・役づいておりますれば、つまり出世の道も開けて、宜しい訳でしたが、どうも世の中というものはむずかしいもので、その人が良いから出世するという風には決っていないもので、かえって外の者の嫉みや憎みをも受けまして、そうして役を取上げられまする、そうす・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・不折の如きも近来評判がよいので彼等の妬みを買い既に今度仏国博覧会へ出品する積りの作も審査官の黒田等が仕様もあろうに零点をつけて不合格にしてしまったそうだ。こう云う風であるから真面目に熱心に斯道の研究をしようと云う考えはなく少しく名が出れば肖・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・心緒無レ美女は、心騒敷眼恐敷見出して、人を怒り言葉※て人に先立ち、人を恨嫉み、我身に誇り、人を謗り笑ひ、我人に勝貌なるは、皆女の道に違るなり。女は只和に随ひて貞信に情ふかく静なるを淑とす。 冒頭第一、女は容よりも心の勝れたるを善・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ ここにおいてか、人を妬み人を悪て、たがいに寸分の余地をのこさず、力ある者は力をつくし、智恵ある者は智恵をたくましゅうし、ただ一片の不平心を慰めんがために孜々として、永遠の利害はこれを放却して忘れたるが如くなるにいたる者、すくなからず。・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ただ一言もまことはなく卑怯で臆病でそれに非常に妬み深いのだ。うぬ、畜生の分際として。」 樺の木はやっと気をとり直して云いました。「もうあなたの方のお祭も近づきましたね。」 土神は少し顔色を和げました。「そうじゃ。今日は五月三・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・余は主の摂理願くば彼と彼女との上に裕かにして、嫉みによりて破られし総てが愛によりて酬はれん事を望むや切なり。……」 後年、有島武郎が客観的に見れば平凡と云い得る女主人公葉子に対して示した作家的傾倒の根源は既に遠い昔に源をもっているこ・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
出典:青空文庫