・・・すると幸い、当時若年寄を勤めている板倉佐渡守には、部屋住の子息が三人ある。その子息の一人を跡目にして、養子願さえすれば、公辺の首尾は、どうにでもなろう。もっともこれは、事件の性質上修理や修理の内室には、密々で行わなければならない。彼は、ここ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・と片足、胸とともに引いて、見直して、「これは樹島の御子息かい。――それとなくおたよりは聞いております。何よりも御機嫌での。」「御僧様こそ。」「いや、もう年を取りました。知人は皆二代、また孫の代じゃ。……しかし立派に御成人じゃな。・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・村越の御子息が、目のあたり立身出世は格別じゃ、が、就中、豪いのはこの働きじゃ。万一この手廻しがのうてみさっしゃい、団子噛るにも、蕎麦を食うにも、以来、欣弥さんの嫁御の事で胸が詰る。しかる処へ、奥方連のお乗込みは、これは学問修業より、槍先の功・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・―― 津枝というのは母の先生の子息で今は大学を出て医者をしていた。が、かつて堯にはその人に兄のような思慕を持っていた時代があった。 堯は近くへ散歩に出ると、近頃はことに母の幻覚に出会った。母だ! と思ってそれが見も知らぬ人の顔である・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・と大友は酌を促がして、黙って飲んでいると、隣室に居る川村という富豪の子息が、酔った勢いで、散歩に出かけようと誘うので、大友はお正を連れ、川村は女中三人ばかりを引率して宿を出た。川村の組は勝手にふざけ散らして先へ行く、大友とお正は相並んで静か・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ ところが政元は病気を時したので、この前の病気の時、政元一家の内うちうちの人だけで相談して、阿波の守護細川慈雲院の孫、細川讃岐守之勝の子息が器量骨柄も宜しいというので、摂州の守護代薬師寺与一を使者にして養子にする契約をしたのであった。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・私はこの隣家のお婆さんの孫にあたる子息や、森さんなぞと一緒に同じ食卓についていて、日ごろはめったにやらない酒をすこしばかりやった。太郎はまたこの新築した二階の部屋で初めての客をするという顔つきで、冷めた徳利を集めたり、それを熱燗に取り替えて・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 音沙汰の無い、どうしているか解らないような子息のことも、大塚さんの胸に浮んだ。大塚さんは全く子が無いでは無い。一人ある。しかも今では音信不通な人に成っている。その人は大塚さんがずっと若い時に出来た子息で、体格は父に似て大きい方だった。・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・この二人の間に生れた一人子息が今の新七だ。お三輪が小竹の隠居と言われる時分には、旦那は疾くにこの世にいない人で、店も守る一方であったが、それでも商法はかなり手広くやり、先代が始めた上海の商人との取引は新七の代までずっと続いていた。 お三・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・お爺さんは一代のうちに蔵をいくつも建てたような手堅い商人であったが、総領の子息にはいちばん重きを置いたと見えて、長いことかかって自分で経営した網問屋から、店の品物から、取引先の得意までつけてそっくり子息にくれた。ところが子息は、お爺さんから・・・ 島崎藤村 「分配」
出典:青空文庫