・・・牧野はもう女房ばかりか、男女二人の子持ちでもあった。 この頃丸髷に結ったお蓮は、ほとんど宵毎に長火鉢を隔てながら、牧野の酒の相手をした。二人の間の茶ぶ台には、大抵からすみや海鼠腸が、小綺麗な皿小鉢を並べていた。 そう云う時には過去の・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ この一軒屋は、その江見の浜の波打際に、城の壁とも、石垣とも、岸を頼んだ若木の家造り、近ごろ別家をしたばかりで、葺いた茅さえ浅みどり、新藁かけた島田が似合おう、女房は子持ちながら、年紀はまだ二十二三。 去年ちょうど今時分、秋のはじめ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・んが、頭からやがて膝の上まで、荒布とも見える襤褸頭巾に包まって、死んだとも言わず、生きたとも言わず、黙って溝のふちに凍り着く見窄らしげな可哀なのもあれば、常店らしく張出した三方へ、絹二子の赤大名、鼠の子持縞という男物の袷羽織。ここらは甲斐絹・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・二十歳の娘をかしらにすでに三人の子持ちだ。はじめて家を持った時、などは、井筒屋のお貞(その時は、まだお貞の亭主の思いやりで、台どころ道具などを初め、所帯を持つに必要な物はほとんどすべて揃えてもらい、飯の炊き方まで手を取らないまでにして世話し・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
この月の二十日前後と産婆に言われている大きな腹して、背丈がずんぐりなので醤油樽か何かでも詰めこんでいるかのような恰好して、おせいは、下宿の子持の女中につれられて、三丁目附近へ産衣の小ぎれを買いに出て行った。――もう三月一日だった。二三・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・最早二人の子持になるとは言っても変らず若くているような姪の顔をよく見た。そのうちに、看護婦はお玉の方で頼んだ分をも一緒に、膳を二つそこへ運んで来た。おげんはめずらしい身ぶるいを感じた。二月か三月が二年にも三年にも当るような長い寂しい月日を養・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・が、しかし、お前は、子持ちだな?」「いいえ」と奥から、おかみさんは、坊やを抱いて出て来て、「これは、こんど私どもが親戚からもらって来た子ですの。これでもう、やっと私どもにも、あとつぎが出来たというわけですわ」「金も出来たし」 と・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・近くに立っていたやはり子持ちの女のひとが見かねたらしく、「お乳が出ないのですか?」 と妻に話掛けて来ました。「ちょっと、あたしに抱かせて下さい。あたしはまた、乳がありあまって。」 妻は泣き叫ぶ子を、そのおかみさんに手渡しまし・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・私は、それに答えて、あなたはそりゃ、お子さんも無いし、奥さんと二人で身軽にどこへでも行けるでしょうが、私はどうも子持ちですからね、ままになりません、と言った。すると彼は、私に同情するような眼つきをして、私の顔をしげしげと見て、黙した。 ・・・ 太宰治 「女神」
・・・それで五人の子持である。お腹がふくれると、口が殖える将来を案じて、出来ることなら流産てしまえば可いがと不養生のありたけをして、板の間にじかに坐ったり、出水の時、股のあたりまである泥水の中を歩き廻ったりしたにもかかわらず、くりくりと太った丈夫・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
出典:青空文庫