・・・或日わたくしに向って、何やら仔細らしく、真実子供がないのかと質問するので、わたくしは、出来るはずがないから確にないと答えると、「それはあなたの方で一人でそう思っていられるのじゃないですか。あなた自身も知らないというような落胤があって、世に生・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・と羽団扇がまた動く。「しかし鉄片が磁石に逢うたら?」「はじめて逢うても会釈はなかろ」と拇指の穴を逆に撫でて澄ましている。「見た事も聞いた事もないに、これだなと認識するのが不思議だ」と仔細らしく髯を撚る。「わしは歌麻呂のかいた美人を認識し・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・家君さんは平田に似て、それで柔和で、どこか気抜けがしているようにも見え、自分を見てどこから来たかと言いたそうな顔をしていて、平田から仔細を聞いて、急に喜び出して大層自分を可愛がッてくれる。弟も妹も平田から聞いていた年ごろで、顔つき格向もかね・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・譬ば恋情の切なるものは能く人を殺すといえることを以て意と為したる小説あらんに、其の本尊たる男女のもの共に浮気の性質にて、末の松山浪越さじとの誓文も悉皆鼻の端の嘘言一時の戯ならんとせんに、末に至って外に仔細もなけれども、只親仁の不承知より手に・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・鑠くれば灰とわかれてきはやかにかたまり残る白銀の玉銀の玉をあまたに筥に収れ荷緒かためて馬馳らするしろがねの荷負る馬を牽たてて御貢つかふる御世のみさかえ 採鉱溶鉱より運搬に至るまでの光景仔細に写し出して目覩るがごとし。ただに題・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ そして彼特有のずるい商法が行われるのである。 栄蔵は、木なりを見て来た「政」に、年も食って居る事だし、虫もついて居ないのだから、廉く見つもっても七八十円がものはあると云った。 仔細らしくあの枝を見、この枝を見して「政」はこの木・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 小姓は静かに相役の胸の上にまたがって止めを刺して、乙名の小屋へ行って仔細を話した。「即座に死ぬるはずでござりましたが、ご不審もあろうかと存じまして」と、肌を脱いで切腹しようとした。乙名が「まず待て」と言って権右衛門に告げた。権右衛門は・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 母は十分に口が利けなくなッたので仕方なく手真似で仔細を告げ知らせた。告げ知らせると平太の顔はたちまちに色が変わッた。「さらばあのくさりかたびらの……」 言いかけたがはッと思ッて言葉を止めた。けれどこなたは聞き咎めた。「和主・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・す夕日の光線が樅の木を大きな篝火にして、それから枝を通して薄暗い松の大木にもたれていらっしゃる奥さまのまわりを眩く輝かさせた残りで、お着衣の辺を、狂い廻り、ついでに落葉を一と燃させて行頃何か徳蔵おじが仔細ありげに申上るのをお聞なさって、チョ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・しかし近よって子細に検すると、麦のくきや穂や葉などの、乾いてポキポキとした感じが、日本絵の具でなければ現わせない一種の確かさをもって描かれていた。黄いろい乾いた光沢なども、カンバスの上に油をもってしては、こうは現わせない。この画家の注意深い・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫