・・・またなんという画家の手に成ったものか、角のないその字体と感じのまるで似た、子供といえば円顔の優等生のような顔をしているといったふうの、挿画のこと。「何とか権所有」それをゴンショユウと、人の前では読まなかったが、心のなかで仮に極めて読んで・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・として、朝鮮文字のような字体で、「オン、ア、ラ、ハ、シャ、ナウ」と書かれている。「オン、ア、ラ、ハ………………。」 俺は二三度その文句を口の中で繰りかえしている。 却々スラ/\と云えない。然しそれを繰りかえしているうちに、俺は久・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・博士はマッチの火で、とろとろ辻占の紙を焙り、酔眼をかっと見ひらいて、注視しますと、はじめは、なんだか模様のようで、心もとなく思われましたが、そのうちに、だんだん明確に、古風な字体の、ひら仮名が、ありありと紙に現われました。読んでみます。・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・けれども私が川端さんから戴いているお手紙の字体と、それから思い出の中の、夢川利一様、著者、という字体とは、少し違うようにも思われるのです。兄は、いつでも、無邪気に人を、かつぎます。まったく油断が、できないのです。ミステフィカシオンが、フラン・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・これはカールの字体が分りにくいために採用されなかった。 一八五九年。アメリカを中心としてヨーロッパ中を襲った大恐慌は、マルクス一家の窮乏をますますひどくした。けれどもカールは「万難を排して目的を遂げなければならない。そして僕を金儲け機械・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 妙な字体で書いてある。何か拠があって書いたものか。それとも独創の文字か。 かわるがわる泉を汲んで飲む。 濃い紅の唇を尖らせ、桃色の頬を膨らませて飲むのである。 木立のところどころで、じいじいという声がする。蝉が声を試みるの・・・ 森鴎外 「杯」
・・・栖方のことは当分忘れていたいと思っていた折、梶は多少この栖方の手紙に後ろへ戻る煩わしさを感じ、忙しそうな彼の字体を眺めていた。すると、その翌日栖方は一人で梶の所へ来た。「参内したんですか。」「ええ、何もお答え出来ないんですよ。言葉が・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫