・・・それも字面には別に義があるのではない。また、水に落つる声を骨董という。それもコトンと落ちる響を骨董の字音を仮りて現わしたまでで、字面に何の義もあるのではない。畢竟骨董はいずれも文字国の支那の文字であるが、文字の義からの文字ではなく、言語の音・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・妖術幻術というはただ字面の通りである。しかし支那流の妖術幻術、印度流の幻師の法を伝えた痕跡はむしろ少い。小角や浄蔵などの奇蹟は妖術幻術の中には算していないで、神通道力というように取扱い来っている。小角は道士羽客の流にも大日本史などでは扱われ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・無闇に字面を飾り、ことさらに漢字を避けたり、不要の風景の描写をしたり、みだりに花の名を記したりする事は厳に慎しみ、ただ実直に、印象の正確を期する事一つに努力してみて下さい。君には未だ、君自身の印象というものが無いようにさえ見える。それでは、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・無闇に字面を飾り、ことさらに漢字を避けたり、不要の風景の描写をしたり、みだりに花の名を記したりする事は厳に慎しみ、ただ実直に、印象の正確を期する事一つに努力してみて下さい。君には未だ、君自身の印象というものが無いようにさえ見える。それでは、・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・モラル・バックボーンという何でもない英語を翻訳すると、徳義的脊髄という新奇でかつ趣のある字面が出来る。余の行為がこの有用な新熟語に価するかどうかは、先生の見識に任せて置くつもりである。(余自身はそれほど新らしい脊髄がなくても、不便宜なしに誰・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・しかしこの二字もまた一致と云う字面のうちに含まれております。一致と云うと我の意識と彼の意識があって、この二つのものが合して一となると云う意味でありますが、それは一致せぬ前に言うべき事で、すでに一致した以上は一もなく二もない訳でありますからし・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・なるほど、細根大根を漢音に読み細根大根といわば、口調も悪しく字面もおかしくして、漢学先生の御意にはかなうまじといえども、八百屋の書付に蘿蔔一束価十有幾銭と書きて、台所の阿三どんが正にこれを了承するの日は、明治百年の後もなお覚束なし。 こ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ 蕪村とは天王寺蕪の村ということならん、和臭を帯びたる号なれども、字面はさすがに雅致ありて漢語として見られぬにはあらず。俳諧には蕪村または夜半亭の雅名を用うれど、画には寅、春星、長庚、三菓、宰鳥、碧雲洞、紫狐庵等種々の異名ありきとぞ。か・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・もう外側などとっくに無くなり、弾機と歯車だけ字面の裏にくっついている、それを動かそうとしているのだ。陽子は少年らしい色白な頸窩や、根気よい指先を見下しながら、内心の思いに捕われていた。その朝彼女の実家から手紙を貰った。純夫が陽子の離籍を承諾・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・したがって字面をおしみなく並べてスラスラ読み流させる傾向であり、描写は立体的でなく叙述的である。文章に調子がつくと作者はよみ下し易い美文めいたリズムにのるのである。たとえば「絶望があった。断崖に面した時のような絶望が。憤激があった。押えても・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
出典:青空文庫