・・・三 鬼が島は絶海の孤島だった。が、世間の思っているように岩山ばかりだった訣ではない。実は椰子の聳えたり、極楽鳥の囀ったりする、美しい天然の楽土だった。こういう楽土に生を享けた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・天子さまは、日ごろから忠義の家来でありましたから、そんなら汝にその不死の薬を取りにゆくことを命ずるから、汝は東の方の海を渡って、絶海の孤島にゆき、その国の北方にある金峰仙に登って、不死の薬を取り、つつがなく帰ってくるようにと、くれぐれもいわ・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・のことなり俊雄は冬吉の家へ転げ込み白昼そこに大手を振ってひりりとする朝湯に起きるからすぐの味を占め紳士と言わるる父の名もあるべき者が三筋に宝結びの荒き竪縞の温袍を纏い幅員わずか二万四千七百九十四方里の孤島に生れて論が合わぬの議が合わぬのと江・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ アグリパイナは、ネロと共に艦に乗せられ、南海の一孤島に流された。 単調の日が続いた。ネロは、島の牛の乳を飲み、まるまると肥えふとり、猛く美しく成長した。アグリパイナは、ネロの手をひいて孤島の渚を逍遥し、水平線のかなたを指さし、ドミ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・けれども、そんなに淋しくない。孤島の感じは無いのである。やはり房州あたりの漁村を歩いているような気持なのである。 やっと見つけた。軒燈には、「よしつね」と書かれてある。義経でも弁慶でもかまわない。私は、ただ、佐渡の人情を調べたいのである・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・それから五月に三田君が、北方の孤島で玉砕した。三井君も、三田君も、まだ二十六、七歳くらいであった筈である。 三井君は、小説を書いていた。一つ書き上げる度毎に、それを持って、勢い込んで私のところへやって来る。がらがらがらっと、玄関の戸をひ・・・ 太宰治 「散華」
・・・それは大海の孤島に緑の葉の繁ったふとい樹木が一本生えていて、その樹の蔭にからだをかくして小さい笛を吹いているまことにどうも汚ならしいへんな生き物がいる。かれは自分の汚いからだをかくして笛を吹いている。孤島の波打際に、美しい人魚があつまり、う・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ ナポレオンが運命の夕べに南大西洋の孤島にさびしく終わってもその偉大さに変わりはなかった。しかしアインシュタインのような仕事にそのような夕べがあろうとは想像されない。科学上の仕事は砂上の家のような征服者の栄華の夢とは比較ができない。・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・南洋孤島の酋長東都を訪うて鉄道馬車の馬を見、驚いてあれは人食う動物かと問う、聞いて笑わざる人なし。笑う人は馬の名を知り馬の用を知り馬の性情形態を知れどもついに馬を知る事はできぬのである。馬を知らんと思う者は第一に馬を見て大いに驚き、次に大い・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・しかしわが東京、わが生れた孤島の都市は全く滅びて灰となった。郷愁は在るものを思慕する情をいうのである。再び見るべからざるものを見ようとする心は、これを名づけてそも何と言うべき歟。昭和廿一年十月草・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫