・・・ここでは学歴なども訊かれず、かえってさばさばした気持だった。しかし、一日に十三時間も乗り廻すので、時々目が眩んだ。ある日、手を挙げていた客の姿に気づかなかったと、運転手に撲られた。翌日、その運転手が通いつめていた新世界の「バー紅雀」の女給品・・・ 織田作之助 「雨」
・・・私は、自分が極貧の家に生れて、しかも学歴は高等小学校を卒業したばかりで、あなたが大金持の(この言葉は、いやな言葉ですが、ブルジョアとかいう言葉は、いっそういやですし、他に適切な言葉も、私の貧弱な語彙を以華族の当主で、しかもフランス留学とかの・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・それに向うは、初婚ではなく、好きな女のひとと、六年も一緒に暮して、おととし何かわけがあって別れてしまい、そののちは、自分は小学校を出たきりで学歴も無し、財産もなし、としもとっていることだし、ちゃんとした結婚なぞとても望めないから、いっそ一生・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・年は二十八九と四十がらみで、一目見ても過去にまとまった学歴も何もなく、或る時代、或る時期の社会的需要に応じて、職業を換えて行く種類の人間らしく見えた。よくある、商売人とも政治屋とも片のつかない一種のタイプなのである。「お上りなさい」・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・はる子は已を得ず学歴のことだの、専攻したという科目だのについて書いた。 ×夫人のところで不規則ながら収入のある仕事が与えられたという手紙が千鶴子から来た。間もなく使に出た家のものが、「すぐそこで小畑さんにお目にかかりましたよ」と・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ いろいろの職業を経て今日はその学歴にもかかわらず家政婦の働きをも厭わずやっている作者は、そのような変転にもめげず自分が作家としての追求をつづけているという点からだけ、職業における自身の推移を眺めていられるのではなかろうか。 一人の・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
・・・ 松本氏が、急になくなられた許婚の愛人栄子さんと岳父の代人で結婚の盃をあげられた行為は、氏の年齢や学歴やその地方での素封家であるというような条件と対照して、私共の注意を一層呼び起したと思われます。「松本氏の年や地位にてらして何という今の・・・ 宮本百合子 「私も一人の女として」
出典:青空文庫