・・・その卵が孵化して一ぴきの虫となって、体に自分のような美しい羽がはえて自由にあたりを飛べるようになるには、かなりの日数がなければならぬからでした。「ああ、かわいそうに、こんな時分に生まれてこなければよかったのに……。」といって、女ちょうは・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・の七月はさっぱり見えない。そのかわりに去年はたった一匹しかいなかったあひるがことしは十三羽に増殖している。鴨のような羽色をしたひとつがいのほかに、純白の雌が一羽、それからその「白」の孵化したひなが十羽である。ひなは七月に行った時はまだ黄色い・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・その色が濃くなるとじきに孵化するのだとキャディがいう。早くかえらないと、万一誰かの右傾した球が落ちかかって来れば、この可愛い五つ生命の卵子は同時につぶされそうである。巣は小さな笊のような形をしていて、思いの外に精巧な細工である。これこそ本能・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・いろいろの花が咲いたりいろいろの虫の卵が孵化する。気候学者はこういう現象の起こった時日を歳々に記録している。そのような記録は農業その他に参考になる。 たとえばある庭のある桜の開花する日を調べてみると、もちろん特別な年もあるが大概はある四・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・もしもその町内の親爺株の人の例えば三割でもが、そんな精密な地震予知の不可能だという現在の事実を確実に知っていたなら、そのような流言の卵は孵化らないで腐ってしまうだろう。これに反して、もしそういう流言が、有効に伝播したとしたら、どうだろう。そ・・・ 寺田寅彦 「流言蜚語」
・・・の高さと文明の学理の高さと、ほぼ相当らしむべきの要を知らずして、今のままの方向に進みたらんには、国中ますます教師を生ずるのみにして、実業につく者なく、はじめにいえる如く、蚕を養うて蚕卵を生じ、その卵を孵化してまた卵を生じ、ついに養蚕の目的た・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・とを外国にあって、手帳の上で人工孵化した。チェルヌイシェフスキイの「何をなすべきか」のように、身をもって六〇年代を生きぬいて書いたのではなかった。一八六〇年の或る日、ドイツを汽車にのって旅行していたツルゲーネフは、その汽車の中で一人のロシア・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
出典:青空文庫