・・・それどころか英米の資本主義国家の手先となって、稍もすれば物質によって他国の貧民に慈恵し、安っぽい愛と同情とを強いている。人生は愛以外にない。然しこの愛という言葉が如何に現在のキリスト教徒のために安っぽくされたか。反キリスト教同盟の宣言に「キ・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・中学校と変らぬどころか、安っぽい感激の売出しだ。高等学校へはいっただけでもう何か偉い人間だと思いこんでいるらしいのがばかばかしかった。官立第三高等学校第六十期生などと名刺に印刷している奴を見て、あほらしいより情けなかった。 入学して一月・・・ 織田作之助 「雨」
・・・その上の方に、安っぽい女の裸体画の額が掛っていた。「なるほど、こりゃいかにも連込み宿だ」 小沢は改めて感心したように呟きながら、苦笑した。 ダブル寝台――といっても、豪華なホテルにあるような、幅の広い寝台ではない。シングルの寝台・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵具で赤や紫や黄や青や、さまざまの縞模様を持った花火の束、中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき。それから鼠花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心を唆った。 それか・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・そんな安っぽい映画があったぞ。三十四歳にもなって、なんだい、心やさしい修治さんか。甘ったれた芝居はやめろ。いまさら孝行息子でもあるまい。わがまま勝手の検束をやらかしてさ。よせやいだ。泣いたらウソだ。涙はウソだ、と心の中で言いながら懐手して部・・・ 太宰治 「故郷」
・・・無智である。安っぽい。 がまんできぬ屈辱感にやられて、風呂からあがり、脱衣場の鏡に、自分の顔をうつしてみると、私は、いやな兇悪な顔をしていた。 不安でもある。きょうのこの、思わぬできごとのために、私の生涯が、またまた、逆転、てひどい・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
浮世絵というものに関する私の知識は今のところはなはだ貧弱なものである。西洋人の書いた、浮世絵に関する若干の書物のさし絵、それも大部分は安っぽい網目版の複製について、多少の観察をしたのと、展覧会や収集家のうちで少数の本物を少・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・このレヴューからあらゆる不純なものをことごとく取り去ってしまったもの、ちぐはぐな踊り子の個性のしみを抜き、だらしのない安っぽい衣装や道具立てのじじむささを洗い取ったあとに残る純粋の「線の踊り」だけを見せるとすれば、それは結局このフィッシンガ・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・片すみに小さくなっているむき出しの安っぽい棚の中に窮屈そうにこの叢書が置かれている。 たとえば、昔の人は、見晴らしのいい丘の頂に建てられた小屋の中に雑居して、四方の窓から自由に外をながめていた。今では広大な建築が、たくさんの床と壁とで蜂・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 先生はこういう風にそれほど故郷を慕う様子もなく、あながち日本を嫌う気色もなく、自分の性格とは容れにくいほどに矛盾な乱雑な空虚にして安っぽいいわゆる新時代の世態が、周囲の過渡層の底からしだいしだいに浮き上って、自分をその中心に陥落せしめ・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
出典:青空文庫