・・・に語り、既成教団をせめ、世相を嘆き、仏法、王法二つながら地におちたことを悲憤して、正法を立てて国を安らかにし、民を救うの道を獅子吼した。たちまちにして悪声が起こり、瓦石の雨が降った。群衆はしかしあやしみつつ、ののしりつつもひきつけられ、次第・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ お河童にして、琴の爪函を抱えて通った童女が、やがて乙女となり、恋になやみ、妻となり、母となって、満ち足りて、ついには輝く銀髪となって、あの高砂の媼と翁のように、安らかに、自然に、天命にゆだねて思うことなく静かにともに生きる――それは尊・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 急ごしらえの坊主の誦経が、いかに声高く樹々の間にひびき渡ろうとも、それによって自ら望まない死者が安らかに成仏しようとは信じられるか! そのあとに、もろい白骨以外何が残るか!「まだ、俺等は、いゝくじを引きあてたんか!」彼等はまた考え・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・秀吉の智謀威力で天下は大分明るくなり安らかになった。東山以来の積勢で茶事は非常に盛んになった。茶道にも機運というものでがなあろう、英霊底の漢子が段に出て来た。松永弾正でも織田信長でも、風流もなきにあらず、余裕もあった人であるから、皆茶讌を喜・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・それが少年に感知されたからであろう、少年も平和で、そして感謝に充ちた安らかな顔をして、竿を挙げてこちらへやって来た。はじめてこの時少年の面貌風采の全幅を目にして見ると、先刻からこの少年に対して自分の抱いていた感想は全く誤っていて、この少年も・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ 斯うやって彼等は親の務めを兎に角済ませたから、スバーの親達には此世の幸福と天国の安らかさが、真個に与えられると云うのでしょうか。花婿の仕事は西の方にあったので、結婚して間もなく、彼は妻を其処へ連れて行きました。 然し、十日も経たないう・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・醜いところの無い、美しい安らかな夫婦、とでも言うのであろうか。ああ、生意気、生意気。 おみおつけの温まるまで、台所口に腰掛けて、前の雑木林を、ぼんやり見ていた。そしたら、昔にも、これから先にも、こうやって、台所の口に腰かけて、このとおり・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・目で見なかった代わりに、自分の想像のカンバスの上には、美しい青草の毛氈の上に安らかに長く手足を延ばして寝ている黄金色の猫の姿が、輝くような強い色彩で描かれている。その想像の絵が実際に目で見たであろうよりもはるかに強い現実さをもって記憶に残っ・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ほとんど予期されていた亮の最後が、それほど安らかで静かで美しいものであったと知った時には、思わず「それはよかった」といったような不倫な言葉が自然に口から出た。そうしてそのあとから水のにじみ出るようなさびしさが襲って来るのであった。 散る・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・三 離れの二階の寝心地は安らかであった。目がさめると裏の家で越後獅子のお浚いをしているのが、哀愁ふかく耳についた。「おはよう、おはよう」という人間に似て人間でない声が、隣の方から庭ごしに聞こえてきた。その隣の家で女たちの・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫