・・・ 善人で、酒もしいては飲まず、これという道楽もなく、出入交際の人々には義理を堅くしていて、そしてついに不遇で、いつもまごまごして安定の所を得ず今日が日に及んだ翁の運命は、不思議な事としか思えない。 そこで石井の人々初め翁を知っている・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・ 少年はと見ると、干極と異なって来た水の調子の変化に、些細の板沈子と折箸の浮子とでは、うまく安定が取れないので、時竿を挙げては鉤を打返している。それは座を易えたためではないのであるが、そう思っていられると思うと不快で仕方がない。で、自分・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・この裾の複雑さによって絵のすわりがよくなり安定な感じを与える事はもちろんである。 裾の線は時に補景として描かれた幕のようなものや、樹枝や岩組みなどの線に反響している事があるが、そういうのはややもすれば画面を繊弱にする効果をもつものである・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・手でも足でも思い切り自由に伸ばしたり縮めたりしてはね回っているけれども、その運動の均衡が実に安定であって、非常によくバランスのとれた何かの複雑なエンジンの運転を見ているような不思議な快感がある。 二人の呼吸が実によく合っている。そこから・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・人間が脆弱な垣根などを作ったためにからすうりの安定も保証されなくなってしまった。図に乗った人間は網や鉄砲やあらゆる機械をくふうしては鳥獣魚虫の種を絶やそうとしている。因果はめぐって人間は人間を殺そうとするのである。 戦争でなくても、汽車・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・人間が脆弱な垣根などを作ったために烏瓜の安定も保証されなくなってしまった。図に乗った人間は網や鉄砲やあらゆる機械を工夫しては鳥獣魚虫の種を絶やそうとしている。因果はめぐって人間は人間を殺そうとするのである。 戦争でなくても、汽車、自動車・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・鉄路が悪かったのか車台の安定が悪かったのか、車は前後におじぎをするように揺れながら進行する。車掌が豆腐屋のような角笛を吹いていたように思うが、それはガタ馬車の記憶が混同しているのかもしれない。実際はベルであったかもしれない。しかし角笛であっ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ここに「安定度」とか「公算」とかいう言葉が科学者の脳裡に浮ぶべし。ここに吾人は科学と形而上学との間の際どき境界線に逢着すべし。熱力学にエントロピーの観念の導入され、またエントロピーと公算との結合を見るに至りし消息もまたここに至って自ずから首・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ その老人のむすこにはその理由がどうしてもわからなかったのであったが、それから二三十年たってその老人もなくなって後に、そのむすこが自分の家庭をもつようになって、そうして生活もやや安定して来たころのある年の正月元旦の朝清らかな心持ちで起床・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・何をさせても器用であって、彼の作った紙鳶は風の弱い時でも実によく揚りそうして強風にも安定であった。一緒に公園の茂みの中にわなをかけに行っても彼のかけた係蹄にはきっとつぐみや鶸鳥が引掛かるが、自分のにはちっともかからなかった。鰻釣りや小海老釣・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
出典:青空文庫