・・・近年の男子中には往々此道を知らず、幼年の時より他人の家に養われて衣食は勿論、学校教育の事に至るまでも、一切万事養家の世話に預り、年漸く長じて家の娘と結婚、養父母は先ず是れにて安心と思いの外、この養子が羽翼既に成りて社会に頭角を顕すと同時に、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・そういたしたら、今の苦しい心持を和げることが出来よう、わたくしはそこに安心を得ることが出来ようと存じたのでございます。こう云う意志であの手紙は書いたのでございます。そして一昨日までは自分でもたしかにそうだと信じていました。ただあとから考えて・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・〔『日本』明治三十二年三月二十三日〕 余は思う、曙覧の貧は一般文人の貧よりも更に貧にして、貧曙覧が安心の度は一般貧文人の安心よりも更に堅固なりと。けだし彼に不平なきに非るもその不平は国体の上における大不平にして衣食住に関する小不平に・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ あとはもう聞えないくらいの低い物言いで隣りの主人からは安心に似たようなしずかな波動がだんだんはっきりなった月あかりのなかを流れて来た。そして富沢はまたとろとろした。次々うつるひるのたくさんの青い山々の姿や、きらきら光るもやの奥を誰かが・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・こういう点も、私の素人目に安心が出来るし、将来大きい作品をつくって行く可能性をもった資質の監督であることを感じさせた。 この作品が、日本の今日の映画製作の水準において高いものであることは誰しも異議ないところであろうと思う。一般に好評であ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・父の心を測りかねていた五人の子供らは、このとき悲しくはあったが、それと同時にこれまでの不安心な境界を一歩離れて、重荷の一つをおろしたように感じた。「兄き」と二男弥五兵衛が嫡子に言った。「兄弟喧嘩をするなと、お父っさんは言いおいた。それに・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・「あたし、あなたに、抱いてもらったのね、もうこれで、あたし、安心だわ。」「俺もこれで安心した。さア、もう眠るといい。お前は夕べから、ちっとも眠っていないじゃないか。」「あたし、どうしても眠れないの。あたし、今日は苦しくなければ、・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・彼らは何らかの点で自分を是認し安心しようとするのです。私はこういう人の前に出ると、ひどい腐敗の臭気を感じます。そうして、悲しむべき事を悲しまず、偉大な者にひざまずかず、畢竟人類の努力に対して没交渉であろうとする彼らの態度に、抑え難き憤怒を感・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫