・・・おお、姫神――明神は女体にまします――夕餉の料に、思召しがあるのであろう、とまことに、平和な、安易な、しかも極めて奇特な言が一致して、裸体の白い娘でない、御供を残して皈ったのである。 蒼ざめた小男は、第二の石段の上へ出た。沼の干たような・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・時節がら、箔屋さんも暮しが安易でないために、工場通いをなさいました。お邸育ちのお慰みから、縮緬細工もお上手だし、お針は利きます。すぐ第一等の女工さんでごく上等のものばかり、はんけちと云って、薄色もありましょうが、おもに白絹へ、蝶花を綺麗に刺・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 然しながら現文壇の斯うした安易なだらけ切った状態はそう何時までも永続し得るものではない。何人もが世界平等の苦痛を共に嘗め、共に味わなくてはならないように、各人の生活内容が変ってきた時、其処から初めて新しい感激が湧き、本当の愛が生れてく・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・題を決めるのに一日、構想を考えるのに一日、たのまれてから書き出すまでに二日しか費さなかったぐらいだから、安易な態度ではじめたのだが、八九回書き出してから、文化部長から、通俗小説に持って行こうとする調子が見えるのはいかん、調子を下すなと言われ・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・そして耕吉の落着先きを想わせ、また子供の時分から慣れ親しんできた彼には、言い知れぬ安易さを感じさせるような雪国らしいにおいが、乗客の立てこんでくるにしたがって、胸苦しく室の中に吐き撒かれていた。「明日から自分もこの一人になるのだ」と、彼・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・生島はその当初自分らのそんな関係に淡々とした安易を感じていた。ところが間もなく彼はだんだん堪らない嫌悪を感じ出した。それは彼が安易を見出していると同じ原因が彼に反逆するのであった。彼が彼女の膚に触れているとき、そこにはなんの感動もなく、いつ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・にもそのマンネリズムと、安易さと退屈とはあろう。しかしそれは熱烈なる「愛人教育」によって打破し、指導し得られぬことはない。だがひとたび不幸にしてその女性としての、本質を汚した女性、媚を売る習慣の中に生きた女性を、まだ二十五歳以下の青年学生の・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・この習慣は信じられぬほど安易への誘惑を導くものであり、もはや独立して思索したり、研究したりする労作と勇猛心と野望とにたえがたくするものである。他人の書物についてナハデンケンする習慣にむしばまれていない独立的な、生気溌剌とした学者や、思想家を・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・自分では、もっとも、おいしい奉仕のつもりでいるのだが、人はそれに気づかず、太宰という作家も、このごろは軽薄である、面白さだけで読者を釣る、すこぶる安易、と私をさげすむ。 人間が、人間に奉仕するというのは、悪い事であろうか。もったいぶって・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・青森市で焼かれてこちらへ移って来たひとかも知れないと安易に推量したが、果してそれは当っていた。そうして、氏名は、 竹内トキ となっていた。女房の通帳かしら、くらいに思っていたが、しかし、それは違っていた。 かれは、それを窓口に差・・・ 太宰治 「親という二字」
出典:青空文庫