・・・軒に松の家と云う電燈の出た、沓脱ぎの石が濡れている、安普請らしい二階家である、が、こうした往来に立っていると、その小ぢんまりした二階家の影が、妙にだんだん薄くなってしまう。そうしてその後には徐に一束四銭の札を打った葱の山が浮んで来る。と思う・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・その通りだ、安普請をするとその通りだ。原などは余り経費がかかり過ぎるなんて理窟を並べたが、こういう実例が上ってみると文句はあるまい。全体大切な児童を幾百人と集るのだもの、丈夫な上に丈夫に建るのが当然だ。今日一つ原に会ってこの新聞を見せてやら・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・欄間も、壁も、襖も、古く、どっしりして、安普請では無い。「ここは、ちっとも、かわらんな。」幸吉は、私と卓を挾んで坐ってから、天井を見上げたり、ふりかえって欄間を眺めたり、そわそわしながら、そんなことを呟いて、「おや、床の間が少し、ちがっ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ 工場のみならず至るところに安普請の家が建ちかかっているのがこのあいだじゅう目についていた。ひところ騒がしかった住宅難の解決がこんなふうにしてなしくずしについているかと思われた。まだ荒壁が塗りかけになって建て具も張ってない家に無理無体に・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
一 古い伝統の床板を踏み抜いて、落ち込んだやっぱり中古の伝統長屋。今度の借家は少し安普請で、家具は仕入れ。ボールの机にブリキの時計、時計はいつでも三十度くらい傾いて、そして二十五時のところで止ってい・・・ 寺田寅彦 「二科狂想行進曲」
出典:青空文庫