・・・軍めく二人の嫁や花あやめ また、安永中の続奥の細道には――故将堂女体、甲冑を帯したる姿、いと珍し、古き像にて、彩色の剥げて、下地なる胡粉の白く見えたるは、卯の花や縅し毛ゆらり女武者 としるせりとぞ。この両様と・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・人情湖海空迢※も明和安永の頃不忍池のほとりに居を卜した。大田南畝が壮時劉龍門に従って詩を学んだことも、既にわたくしは葷斎漫筆なる鄙稿の中に記述した。 南郭龍門の二家は不忍池の文字の雅馴ならざるを嫌って其作中には之を篠池と書している。星巌・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ お覚えでいらっしゃいましょう。 冬の落日が木の梢に黄に輝く時、煉瓦校舎を背に枯草に座った私共が円くなって、てんでに詠草を繰って見た日を。 安永先生が浪にゆられゆられて行く小舟の様に、ゆーらりゆーらりと体をまえうしろにゆりながら・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・ 机の広い面に両手を這わせて、じいっとして居ると、いつの間にか、今紀州に居る歌人の安永さんの事を思い出した。 それにつれて、種々の事が頭を通りすぎた中にどうしても私に、あの人へのたよりを書かせずには置かない様な事があった。 早い・・・ 宮本百合子 「ひととき」
・・・伊織が幸橋外の有馬邸から、越前国丸岡へ遣られたのは、安永と改元せられた翌年の八月である。 跡に残った美濃部家の家族は、それぞれ親類が引き取った。伊織の祖母貞松院は宮重七五郎方に往き、父の顔を見ることの出来なかった嫡子平内と、妻るんとは有・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫