・・・ もしSの判断が本当であったとしたら、つまり私は自分の想像の中で強いて憐れな蜂を殺してしまって、その死を題目にした小さな詩によって安直な感傷的の情緒を味わっていた事になるかもしれない。しかしいずれにしても私の幻想を無雑作に事務的に破って・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・しかし私の望むところは、そういう安直な見どころをむしろ故意になくするように勉めるくらいにしてもらいたいと思うのである。元来簡単な「言葉」で云い表わす事の出来ないある物を表わすための「美術」ではあるまいか。賞めたくて堪らないが賞め場所の見付か・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・もしも安直なトーキーの器械やフィルムが書店に出るようになれば教育器械としてのプロフェッサーなどはだいぶ暇になることであろう。 今からでも大書店で十六ミリフィルムを売り出してもよくはないか。そうして小さな試写室を設けて客足をひくのも一案で・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・そういう場合にもし百貨店で買物の節に軽便安直な知識を購入出来れば工合がいい。たとえば相対性原理とはどんな事か、マルキシズムとは何か、バロック芸術とは何、ベースボールとは何、ジャズとは何、そういうことが望みのままに早分りがすれば甚だ便利であり・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・物の哀れというのも安直な感傷や宋襄の仁を意味するものでは決してない。これらはそういう自我の主観的な感情の動きをさすのではなくて、事物の表面の外殻を破ったその奥底に存在する真の本体を正しく認める時に当然認めらるべき物の本情の相貌をさしていうの・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・こういう能力の獲得が一人の人間の精神的所得として、そう安直な無価値なものであろうとは思われないのである。 一般的に言って俳句で苦労した人の文章にはむだが少ないという傾向があるように見える。これは普通字句の簡潔とか用語の選択の妥当性による・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ アインシュタインおよびミンコフスキーの理論のすぐれた点と貴重なゆえんはそんな安直な事ではないらしい。時と空間に関する吾人の狭いとらわれたごまかしの考えを改造し、過去未来を通ずる大千世界の万象を四元の座標軸の内に整然と排列し刻み込んだ事・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・あまり暑いので耳たぶへ水をつけたり、ぬれ手ぬぐいで臑や、ふくらはぎや、足のうらを冷却したりする安直な納涼法の研究をしたこともあった。しかし近年は裏の藤棚の下の井戸水を頭へじゃぶじゃぶかけるだけで納涼の目的を達するという簡便法を採用するように・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・ところがそれを実践にうつす段どりになると彼はきわめて安直に、粗末に、非組織的に行動することしかなし得ない。 児童たちの窓ふき作業ぶりを観察して、たちどころに小学教育の基礎と方法とは労作に結びついた教育でなければならぬという社会主義教育の・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・の住民が何かのキッカケで、至極安直に革命を遂行し、ツァーの追っ払いをやり、目出度し目出度しとなるのだが、ソヴェト同盟のルバーシカを着た観衆はゾロゾロ、カーメルヌイ劇場から出て来ながら、この劇全体から受けた何だかいやな印象について議論した。・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫