・・・桜さく三味線の国は同じ専制国でありながら支那や土耳古のように金と力がない故万代不易の宏大なる建築も出来ず、荒凉たる沙漠や原野がないために、孔子、釈迦、基督などの考え出したような宗教も哲学もなく、また同じ暖い海はありながらどういう訳か希臘のよ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・一国の歴史は人間の歴史で、人間の歴史はあらゆる能力の活動を含んでいるのだから政治に軍事に宗教に経済に各方面にわたって一望したらどういう頼母しい回顧が出来ないとも限るまいが、とくに余に密接の関係ある部門、即ち文学だけでいうと、殆んど過去から得・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・ただ上人が在世の時自ら愚禿と称しこの二字に重きを置かれたという話から、余の知る所を以て推すと、愚禿の二字は能く上人の為人を表すと共に、真宗の教義を標榜し、兼て宗教その者の本質を示すものではなかろうか。人間には智者もあり、愚者もあり、徳者もあ・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・ 思へ一つの同じ音楽、同じ叙情詩、同じ宗教に対して、いかに多くの異つた解釈があるか。すべての芸術とすべての宗教とは、各の読者と各の弟子たちにまで、彼等自身の趣味を反映させるにすぎないだらう。たとへば日蓮は日蓮の個性に於て、親鸞は親鸞の個・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・余は宗教の天然説を度外視する者なれば、天の約束というも、人為の習慣というも、そのへんはこれを人々の所見にまかして問うことなしといえども、ただ平安を好むの一事にいたりては、古今人間の実際に行われて違うことなきを知るべきのみ。しからばすなわち教・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・こういう宗教的傾向、哲学的傾向は私には早くからあった。つまり東洋の儒教的感化と、露文学やら西洋哲学やらの感化とが結合って、それに社会主義の影響もあって、ここに私の道徳的の中心観念、即ち俯仰天地に愧じざる「正直」が形づくられたのだ。 併し・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・これは経験のない人に話したところがわからん事であるからいうにも及ばぬが、しかし時々この誤解をしられるために甚だ肝癪に障ることがある。宗教家らしい人は自分のために心配してくれていろいろの方法を教えてくれる人があるが、いずれも精神安慰法ともいう・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・しかもけっして既成の疲れた宗教や、道徳の残滓を、色あせた仮面によって純真な心意の所有者たちに欺き与えんとするものではない。二 これらは新しい、よりよい世界の構成材料を提供しようとはする。けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値す・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・この人の左まわり右へは、さき頃のラジオ討論会、「宗教と科学は両立するか」の時の話し方で聴取者の腹の底までしみ渡りました。渡辺氏は、宗教が、たとえば宗教裁判や戦争挑発によって過去に人類的罪悪を犯したのは――反科学的であったのは、宗教が宗教の外・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・大学にいる間、秀麿はこの期にはこれこれの講義を聴くと云うことを、精しく子爵の所へ知らせてよこしたが、その中にはイタリア復興時代だとか、宗教革新の起原だとか云うような、歴史その物の講義と、史的研究の原理と云うような、抽象的な史学の講義とがある・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫