・・・横浜にいたことがあるとか言って、お定まりらしいお世辞を言ったりした。結局は紙巻き煙草を二箱買わされることになった。 音楽が水の上から聞こえて来る。舷側から見おろすと一隻のかなり大きなボートに数人の男女が乗って、セレネードのようなものをや・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・然るに近代の多数の南画家の展覧会などに出した作品例えば御定まりの青緑山水のごときものを見ると、山の形、水の流れ、一草一木の細に至るまで実に一点の誤りもない規則ずくめに出来ている。そして全体の感じはどうであるかというと自分はちょうど主和絃ばか・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・そうして懐紙のページによって序破急の構成がおのずから定まり、一巻が渾然とした一楽曲を形成するのである。 発句は百韻五十韻歌仙の圧縮されたものであり、発句の展開されたものが三つ物となり表合となり歌仙百韻となるのである。発句の主題は言葉の意・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・これがこういう場合にお定まりであるようにいろいろに誤解され訛伝されている。今にも太陽系の平衡が破れでもするように、またりんごが地面から天上に向かって落下する事にでもなるように考える人もありそうである。そしてそれが近代人の伝統破壊を喜ぶ一種の・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・ヴェスヴィオ行きの準備をして玄関へ出ると、昨日のポルチエーが側へ来て人の顔を見つめて顔をゆがめてそうして肩をすぼめて両手の掌をくるりと前に向けてお定まりの身振りをした。 ヴェスヴィオの麓までの馬車には年取った英国人の夫婦と同乗させられた・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・降雨のほうでは、全雨量の平均幾割幾分が開場時間に落ちるかが定まり、また外出する市民の平均幾%がこの百貨店に入り、その平均幾%がX売り場に到着しその中の平均幾%が買い物をし、そうして一人の支払い額が平均いくばくであるということが考え得られると・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・既に男尊女卑と定まりたる上は、婦人に向て命令すること甚だ易し。万の事に就て夫を先立て我身を後にし、我なせることに能き事あるも誇る心なく、悪しき事ありて人に言わるゝとても争わずして過を改め身を慎しみ、人に侮られても立腹することなく憤ることなく・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・智愚はまずここに定まりたり。然らばすなわちかの水掛論は如何すべきや。余輩あえて政府に代りて苦情を述べん。政談家はさまざまの事に口を出し、さまざまの理屈を述べて政府の働を逞しゅうせしめずと。学者はなおもこの政府に直接して衝くが如く刺すが如く、・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・左れば此至親至愛の子供の身の行末を思案し、兄弟姉妹の中、誰れか仕合せ能くして誰れか不仕合せならんと胸中に打算して、此子が不仕合せなりと定まりたらば両親の苦痛は如何ばかりなる可きや。子供の心身の暗弱四肢耳目の不具は申すまでもなく、一本の歯一点・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・俳句の句法は貞享、元禄に定まりて享保、宝暦を経て少しも動かず。むしろ元禄に変化したるだけの変化さえ失い、「何や」「何かな」一天張りのきわめて単調なるものとなり了りて、ただ時に檀林一派及び鬼貫らの奇を弄するあるのみ。この際に当りて蕪村は句法の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫