・・・ かの女は無努力、無神経の、ただ形ばかりのデカダンだ、僕らの考えとは違って、実力がない、中味がない、本体がない。こう思うと、これもまた厭になって、僕は半ばからだを起した。そうすると、吉弥もまた僕の心眼を往来しなくなった。 暑くッてた・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 第三に信仰の実力を示します。国の実力は軍隊ではありません、軍艦ではありません。はたまた金ではありません、銀ではありません、信仰であります。このことにかんしましてはマハン大佐もいまだ真理を語りません、アダム・スミス、J・S・ミルもいまだ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ 愛を知り、涙を知り、人間らしい感情に生きる民衆こそ、暴虐に対して、憤り、反抗する理由と実力とを有するのです。またこの霊魂をもって書かれた大芸術こそ、人生のための芸術であり、我等の高遠な目的に向って進むに当って、鼓舞して止まない真の芸術・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・いい、陰影といい、運筆といい、自分は確にこれまで自分の書いたものは勿論、志村が書いたものの中でこれに比ぶべき出来はないと自信して、これならば必ず志村に勝つ、いかに不公平な教員や生徒でも、今度こそ自分の実力に圧倒さるるだろうと、大勝利を予期し・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・婦人の自由の実力を握るための職業進出である。婦人は母性愛と家庭とをある程度まで犠牲としても、自分を保護し、自由を獲得しなければならない事情がある。これは結局は社会改革と男性の矜りある自覚とにまたなければならない問題である。母性愛と職業との矛・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・唯、実力あるものが支配した。そういう広瀬さんも、以前小竹の家に身を寄せていた時分とは違い、今は友達同志として経営するこの食堂に遠慮は反って無用とあって、つい忙しい時になると、「オイ、君」 と新七を呼び捨てだ。新七はそれを聞いても、す・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 母も叔母も、私の実力を一向にみとめてくれないので、私は、やや、あせり気味になって、懐中から財布を取り出し、お二人の前のテエブルに十円紙幣を二枚ならべて載せて、「受け取って下さいよ。お寺参りのお賽銭か何かに使って下さい。僕には、お金・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・利休は、ほとんど諸侯をしのぐ実力を持っていたし、また、当時のまあインテリ大名とでもいうべきものは、無学の太閤より風雅の利休を慕っていたのだ。だから太閤も、やきもきせざるを得なかったのだ。」 男ってへんなものだ、と私は黙って草をむしりなが・・・ 太宰治 「庭」
・・・十五歳の時にはもう大学に入れるだけの実力があるという事を係りの教師が宣言した。 しかし中等学校を卒業しないうちに学校生活が一時中断するようになったというのは、彼の家族一同がイタリアへ移住する事になったのである。彼等はミランに落着いた。そ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・一見ささいなこの実力こそ私たちが大きい苦痛と犠牲を払って進んできた一歩前進の最もたしかな収穫であると思う。若い女性たちは自分もその一人としてきょうの人生を歩いている女性の大群の道幅というものを見きわめはじめてきた。あの道へはどういう過程で入・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
出典:青空文庫