・・・ しきりと画いていると、実景があまりよくッて僕の手がいかにもまずいので、画いていながらまたもや変な気になって何というまずサだろう、これが画といわりょうかおれはとてもだめなのかしらん、と思うと画くのがいやになってもうよそうかもうよそうかと・・・ 国木田独歩 「郊外」
甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。甲府へ来て見て、はじめて、なるほど・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・そして地図上のただの線でも、そこの実景を眼の当りに経験すれば、それまでとはまるで違ったものに見えて来る。また特にフィルムの繰り出し方を早めあるいは緩めて見せる事によって色々の知識を授ける事が出来る。例えば植物の生長の模様、動物の心臓の鼓動、・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ねらっている立体映画はいずれもステレオスコピックな効果によるものであるが、誇張されたステレオ効果はかえって非常に非現実的な感じを与えるということは、おもちゃの双眼実体鏡で風景写真をのぞいたり、測遠器で実景を見たりする場合の体験によって知られ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・一九一〇年の元旦にこの火山に登って湾を見おろした時には、やはりこの絵が眼前の実景の上に投射され、また同時に鴎外の「即興詩人」の場面がまざまざと映写されたのであった。 静物が一枚あった。テーブルの上に酒びん、葡萄酒のはいったコップ、半分皮・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・などいう江戸座の発句を、そのままの実景として眺めることができたのである。 浄瑠璃と草双紙とに最初の文学的熱情を誘い出されたわれわれには、曲輪外のさびしい町と田圃の景色とが、いかに豊富なる魅力を示したであろう。 その頃、見返柳の立って・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・同時にまた、教科書の間に隠した『梅暦』や小三金五郎の叙景文をば目の当りに見る川筋の実景に対照させて喜んだ事も度々であった。 かかる少年時代の感化によって、自分は一生涯たとえ如何なる激しい新思想の襲来を受けても、恐らく江戸文学を離れて隅田・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・などと叫ぶアナウンサアの声がわり込み、音楽と野球実景放送とがしばらくあやめも分らずもつれ合ったあげく、拡声器はブブブ、ヒューと、自身の愚劣さを嘲弄するように喚いて、終には一二分何も聞えないようになってしまうのであった。 ああいう沈黙生活・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
出典:青空文庫