・・・主人の姉――名はお貞――というのが、昔からのえら物で、そこの女将たる実権を握っていて、地方有志の宴会にでも出ると、井筒屋の女将お貞婆さんと言えば、なかなか幅が利く代り、家にいては、主人夫婦を呼び棄てにして、少しでもその意地の悪い心に落ちない・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・私はその二人の義兄という事になっているわけだが、しかし、義兄なんてものは、その家に就いて何の実権のあるわけはない。実権どころか、私は結婚以来、ここの家族一同には、いろいろと厄介をかけている。つまり、たのみにならぬ男なのだから、義妹や義弟たち・・・ 太宰治 「薄明」
・・・それ故、女らしさ、という一つの社会的な意味をもった観念のかためられる道筋で女が演じなければならなかった役割は、社会的には女の実権の喪失の姿である。 女らしさは一番家庭生活と結びついたものとしていわれているかのようでありながら、そういう観・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 彼の云うところによると、市に大字桑野として編入されることは、朝鮮と同様、市の多勢に実権を握られて居る以上已を得ないことでありましょう。然し、已を得ないと云うような言葉はつまり、弱者の云うことで――実際、此のサクバクたる農村が、郡山と同・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・は尤なことだとして読んだ私どもは、翻って、第一、天皇というところに、その特権の身分が世襲であり、人間としての資質如何を条件ともせずに、天皇たる世襲者が、憲法改正から法律・政令・条約の公布以下、政治上の実権の重要な点を押えていることを発見して・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
・・・政治の実権――主権を武家に確保するために、公家と武器と領地と領地の農民を背景とした僧侶の反抗の口実を防ぐために、天皇一族に対する給与ということが考えられていたのであった。 秀吉といえば、桃山時代という独特な時期を文化史の上につくり出した・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・言いかえれば、政治の実権を武士階級の手に奪われてただ名目上の主権者に過ぎなかった皇室、その皇室に対する情熱を吹き込まれた。かくて父は、ちょうど頼山陽がそうであったように、足利氏の圧迫に対してただひとり皇室を守る楠公の情熱を自分の情熱としたの・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫