・・・竜宮は緑の屋根瓦に赤い柱のある宮殿である。乙姫は――彼はちょっと考えた後、乙姫もやはり衣裳だけは一面に赤い色を塗ることにした。浦島太郎は考えずとも好い、漁夫の着物は濃い藍色、腰蓑は薄い黄色である。ただ細い釣竿にずっと黄色をなするのは存外彼に・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・橄欖の花のにおいの中に大理石を畳んだ宮殿では、今やミスタア・ダグラス・フェアバンクスと森律子嬢との舞踏が、いよいよ佳境に入ろうとしているらしい。…… が、おれはお君さんの名誉のためにつけ加える。その時お君さんの描いた幻の中には、時々暗い・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ ソロモンはきょうも宮殿の奥にたった一人坐っていた。ソロモンの心は寂しかった。モアブ人、アンモニ人、エドミ人、シドン人、ヘテ人等の妃たちも彼の心を慰めなかった。彼は生涯に一度会ったシバの女王のことを考えていた。 シバの女王は美人では・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・ それは、その思を籠むる、宮殿の大なる玉の床と言っても可かろう。 四 金石街道の松並木、ちょうどこの人待石から、城下の空を振向くと、陽春三四月の頃は、天の一方をぽっと染めて、銀河の横たうごとき、一条の雲ならぬ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・河童だい、あかんべい、とやった処が、でしゅ……覗いた瞳の美しさ、その麗さは、月宮殿の池ほどござり、睫が柳の小波に、岸を縫って、靡くでしゅが。――ただ一雫の露となって、逆に落ちて吸わりょうと、蕩然とすると、痛い、疼い、痛い、疼いッ。肩のつけも・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・私は自分の住居を宮殿に変えることも出来る。私は一種の幻術者だ。斯う見えても私は世に所謂「富」なぞの考えるよりは、もっと遠い夢を見て居る。」「老」が訪ねて来た。 これこそ私が「貧」以上に醜く考えて居たものだ。不思議にも、「老」まで・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・市民たちも、摂政宮殿下が御安全でいらせられるということは早く一日中に拝聞して、まず御安神申し上げましたが、日光の田母沢の御用邸に御滞在中の 両陛下の御安否が分りません。それで二日の午前に、まず第一に陸軍から、大橋特務曹長操縦、林少尉同乗で、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・真個にそれ等の事も出来ないと云うのではありませんが、スは、水の世界パタルプールの宮殿へ生れないで、バニカンタの家に生れて仕舞いました。其ですから、彼女は、どうしたらゴサインの息子を喫驚させられるか、分らなかったのです。 次第に、彼女は大・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・「あの頃の貴婦人はね、宮殿のお庭や、また廊下の階段の下の暗いところなどで、平気で小便をしたものなんだ。窓から小便をするという事も、だから、本来は貴族的な事なんだ。」「お酒お飲みになるんだったら、ありますわ。貴族は、寝ながら飲むんでし・・・ 太宰治 「朝」
・・・緑の焔はリボンのようで、黄色い焔は宮殿のようであった。けれども、私はおしまいに牛乳のような純白な焔を見たとき、ほとんど我を忘却した。「おや、この子はまたおしっこ。おしっこをたれるたんびに、この子はわなわなふるえる。」誰かがそう呟いたのを覚え・・・ 太宰治 「玩具」
出典:青空文庫