・・・僕はかつてこういうことがある、家弟をつれて多摩川のほうへ遠足したときに、一二里行き、また半里行きて家並があり、また家並に離れ、また家並に出て、人や動物に接し、また草木ばかりになる、この変化のあるのでところどころに生活を点綴している趣味のおも・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・振り返ってみると、停っている列車の後の二、三台が家並の端から見えた。彼はもどろうか、と瞬間思った。定期券を持っていたからこれから走って間に合うかもしれなかった。彼は二、三歩もどった。がそうしながらもあやふやな気があった。笛が鳴った。ガタンガ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ たとえば劇場のシーンの中で、舞台の幕があくと街頭の光景が現われる、その町の家並みを舞台のセットかと思っているとそれがほんとうの町になっている。こういう趣向は別に新しくもなくまたなんでもないことのようであるが、しかしやはり映画のスクリー・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ちょっと見ると維新以前の宿場のような感じのする矮小な低い家並みの店先には、いわゆる「居留地」向きの雑貨のほかに、一九三三年の東京の銀座にあると同じような新しいものもあるのである。書店の棚にはギリシア語やヘブライ語の辞書までも見いだされる。聖・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ドロシケを雇ってシェーネベルヒの下宿へ行く途中で見たベルリンの家並みは、絵はがきや写真で想像したのに比べて妙に鈍い灰色をしていた。空気がなんとなくかすんだようで、日の光が眠っているようであった。そしてなんとなくさびしく空虚な頭の底によどんで・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・しかし当初この煉瓦造を経営した建築者の理想は家並みの高さを一致させた上に、家ごとの軒の半円形と円柱との列によって、丁度リボリの街路を見るように、美しいアルカアドの眺めを作らせるつもりであったに違いない。二、三十年前の風流才子は南国風なあの石・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 杉林の隣りに細い家並があって、そこをぬける小路の先は、又広々とした空地であった。何でも松平さんの持地だそうであったが、こちらの方は、からりとした枯草が冬日に照らされて、梅がちらほら咲いている廃園の風情が通りすがりにも一寸そこへ入って陽・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・ 日本女はゆっくりその広場を横切り、十月二十五日通りへ出た。家並の揃った、展望のきく間色の明るい街を、電車は額に照明鏡を立てたドクトルみたいなかっこうで走っている。 年経た、幹の太い楡の木がある。その濃い枝の下に、新聞雑誌の売店、赤・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・原っぱをめぐって、僅かの家並があり、その後はすぐ武蔵野の榛の木が影を映す細い川になっていた。その川をわたる本郷台までの間が一面の田圃と畑で、春にはそこに若草も生え、れんげ草も咲いた。漱石の三四郎が、きょうの読者の感覚でみればかなり気障でたま・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・沢山の家並やかすかなどよめきに想像をたくましくして居るらしい様子。B 私これを明日迄にしあげなけりゃ。Bはうつむいて、せっせっと編みつづける。Aが旅人と一緒に丘のだらだら坂をあがって来る。Cが見つける。C・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
出典:青空文庫