・・・そうだとすればこれらの人々を駆使している家主が責任を負わなければなるまい。しかし中には暇はあっても不精であったり、またわざわざ出かけるよりも室の片すみで茶をのんだりカルタでもやるほうがいいという人があるならばそれはその人々の勝手である。・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・先生の大学を卒業せられたのは明治十七年であったので、即春の家主人が当世書生気質に描き出されたものと時代を同じくしているわけである。小説雁の一篇は一大学生が薄暮不忍池に浮んでいる雁に石を投じて之を殺し、夜になるのを待ち池に入って雁を捕えて逃走・・・ 永井荷風 「上野」
学者安心論 店子いわく、向長屋の家主は大量なれども、我が大家の如きは古今無類の不通ものなりと。区長いわく、隣村の小前はいずれも従順なれども、我が区内の者はとかくに心得方よろしからず、と。主人は以前の婢僕を誉め、・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・無法な家主に追いたてをくって、寒い雨の降る陰気な日にカールは妻子のために家を探してかけめぐった。子供が四人いるときくと貸す人がなかった。やっと友人の助けで小部屋が二つ見つかった。家主がマルクス一家のシーツからハンカチーフ迄差押え、子供のおも・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 私は、楽しみにして東京に帰り、家主から返事が来ると直ぐ鎌倉に出かけた。 大船という停車場へ降りたことのある人は知っているに違いないが、ここはおかしい停車場だ。東海道本線では有名で、幾とおりものプラットフォームには、殆どいつも長い客・・・ 宮本百合子 「この夏」
家主がいない ソヴェト同盟には地主がない、従って家主という小面倒な奴もいない。住居は殆どみんな国家のものだ。モスクワならモスクワ市の住宅管理局というものがあってそこから組合で、または個人で家を借りるの・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の解放された生活」
・・・ 電車の中でも、口を開くと、自ら家のことになる。 家主だと云う質屋を、角の交番の巡査に訊いてAが入って行く。 自分は、程近い停留場に待って居た。場所をきき合わせる位と思ったのに、なかなか出て来ない。歩道に面した店の小僧など、子守・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・みす大家に損をしろというようなことはなり立たないという厚生省のいわれたのは、大家にとって慈父の言であろうが、厘毛をあらそう小商人さえ配給員となって、三十五円、四十円の月給とりで国策にそおうという今日、家主も国家的任務を自覚させてもらうことに・・・ 宮本百合子 「私の感想」
・・・今家主の所へ呼ばれて江戸から来た手紙を貰ったら、山本様へのお手紙であったと云って、一封の書状を出した。九郎右衛門が手に受け取って、「山本宇平殿、同九郎右衛門殿、桜井須磨右衛門、平安」と読んだ時、木賃宿でも主従の礼儀を守る文吉ではあるが、兼て・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 車から降りるのを見ていたと見えて、家主が出て来て案内をする。渋紙色の顔をした、萎びた爺さんである。 石田は防水布の雨覆を脱いで、門口を這入って、脱いだ雨覆を裏返して巻いて縁端に置こうとすると、爺さんが手に取った。石田は縁を濡らさな・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫