・・・書斎に帰ってから、あるいは昨日のように、家人が籠を出しておきはせぬかと、ちょっと縁へ顔だけ出して見たら、はたして出してあった。その上餌も水も新しくなっていた。自分はやっと安心して首を書斎に入れた。途端に文鳥は千代千代と鳴いた。それで引込めた・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・方向観念の錯誤から、すぐ目の前にある門の入口が、どうしても見つからなかったのである。家人は私が、まさしく狐に化かされたのだと言った。狐に化かされるという状態は、つまり心理学者のいう三半規管の疾病であるのだろう。なぜなら学者の説によれば、方角・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・幼年時代には、壁に映る時計や箒の影を見てさえ引きつけるほどに恐ろしかった。家人はそれを面白がり、僕によく悪戯してからかった。或る時、女中が杓文字の影を壁に映した。僕はそれを見て卒倒し、二日間も発熱して臥てしまった。幼年時代はすべての世界が恐・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・蚕を養うにも家人自からすると雇人に打任せるとは其生育に相違ありと言う。況んや自分の産みたる子供に於てをや。人任せの不可なるは言わずして明白なる可し。世間の婦人或は此道理を知らず、多くの子を持ちながら其着物の綻を縫うは面倒なり、其食事の世話は・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ ゆえに社会の気風は家人を教え朋友を教え、また学校を教うるものにして、この点より見れば天下は一場の大学校にして、諸学校の学校というも可なり。この大学校中に生々する人の心の変化進歩するの様を見るに、決して急劇なるものに非ず。たとえば我が日・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・ 主人の内行修まらざるがために、一家内に様々の風波を起こして家人の情を痛ましめ、以てその私徳の発達を妨げ、不孝の子を生じ、不悌不友の兄弟姉妹を作るは、固より免るべからざるの結果にして、怪しむに足らざる所なれども、ここに最も憐れむべきは、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・出るにつけ入るにつけ、その四分板の大文字を見て暮す家人の胸中はどうであろう。悲しみを常に新たにされるというばかりでなく、ああいう標は、いろんないかさま師に何か思いつかせるきっかけになるのではないかと、その家に残っている女の人々の日常の感じが・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・ 実際上手下手は抜きにして殆ど家並にその家人の趣味を代表した音が響いて居るので、孝ちゃんの家でもいつの間にか、昔流行った手風琴を鳴らし始めた。 どっか恐ろしくのぽーんとした大口を開いた様な音からして、あんまりいい感じは与えない上に、・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 彼の人がそんな悲しい日を送って居るときいた十日程後、私は到々思い切って手紙を書いた。 雨が静かに降って居た。 家人から遠ざかった私の書斎は夕飯時でさえやかましくない程なのに、更けた夜の淋しいおだやかさと、荒れた土の肌をうるおお・・・ 宮本百合子 「ひととき」
・・・武家の棟梁とその家人との関係が、全国的な武士階級の組織の脊梁であった。そうして初めは、彼らの武力による治安維持の努力が実際に目に見える功績であった。しかし後にはただ特権階級として、伝統の特権によって民衆の上に立っていたのである。しかし民衆運・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫