・・・もとはあれでも師匠と同じ宇治の家元へ、稽古に行ったもんでさあ。」「駒形の、何とか云う一中の師匠――紫蝶ですか――あの女と出来たのもあの頃ですぜ。」と小川の旦那も口を出した。 房さんの噂はそれからそれへと暫くの間つづいたが、やがて柳橋・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・が、とりなりも右の通りで、ばあや、同様、と遠慮をするのを、鴾画伯に取っては、外戚の姉だから、座敷へ招じて盃をかわし、大分いけて、ほろりと酔うと、誘えば唄いもし、促せば、立って踊った。家元がどうの、流儀がどうの、合方の調子が、あのの、ものの、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 今になって、誰一人この辺鄙な小石川の高台にもかつては一般の住民が踊の名人坂東美津江のいた事を土地の誇となしまた寄席で曲弾をしたため家元から破門された三味線の名人常磐津金蔵が同じく小石川の人であった事を尽きない語草にしたような時代のあっ・・・ 永井荷風 「伝通院」
出典:青空文庫