・・・そして神崎、朝田の二人が浴室へ行くと間もなく十八九の愛嬌のある娘が囲碁の室に来て、「家兄さん、小田原の姉様が参りました。」と淑かに通ずる。これを聞いて若主人は顔を上げて、やや不安の色で。「よろしい、今ゆく。」「急用なら中止しまし・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ そこで、当時の意向では、ほんの当分の方便として、彼女は従来の生活をすっかり改め、幸、裁縫が上手なのを利用して、或る小学校の教師になりました。 家兄の許を離れ、自己の生活を営んで幾年か経つ間には、何時か、自分達の希望が遂げられる機会・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・農村の小地主の娘に生れ、物わかりのよい家兄のおかげで東洋大学にはいった作者が、その上級生の頃から文学的創作の慾望を感じはじめた。そして卒業後は自活のために非常に種々の職業を経験しつつ、現在では「エプロンの裾をぬらして台所にはいずり廻る仕事」・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
・・・そして、涼台に集って雑談に耽っていると八時頃、所用で福井市に出かけていた家兄が、遽しい様子で帰って来た。私共の呑気な「おかえりなさい」と云う挨拶に答えるなり、彼は息を切って、「東京はえらいこっちゃ」と云った。 私共がききかえす間・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫