・・・同姓間の家運の移り変りが、寺へ来てみると明瞭であった。 最後まで残った私と弟、妻の父、妻と娘たちとの六人は、停車場まで自動車で送られ、待合室で彼女たちと別れて、彼女たちとは反対の方角の二つ目の駅のOという温泉場へ下りた。「やれやれ、・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ 桂家の屋敷は元来、町にあったのを、家運の傾むくとともにこれを小松山の下に運んで建てなおしたので、その時も僕の父などはこういっていた、あれほどのりっぱな屋敷を打壊さないでそのまま人に譲り、その金でべつに建てたらよかろうと。けれども、桂正・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ ところが嘉靖年間に倭寇に荒されて、大富豪だけに孫氏は種の点で損害を蒙って、次第に家運が傾いた。で、蓄えていたところの珍貴な品を段と手放すようになった。鼎は遂に京口のきしょうほうの手に渡った。それから毘陵の唐太常凝菴が非常に懇望して、と・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・曾祖父は剣道の師範のような事をやっていて、そのころはかなり家運が隆盛であったらしい。竹刀が長持ちに幾杯とかあったというような事を亮の祖母から聞いた事がある。 亮の父すなわち私の姉の夫は、同時にまた私や姉の従兄に当たっている。少年時代には・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・ 昔の生活の輪は女にとってきびしくとも小さかったから、その頃の三十三の女のひとたちは、自分の身一つの厄除けを家運長久とともに、神へでも願をかけ、何かの禁厭をして、その年を平安に送ることに心がけたのだろう。 暮になったとき柔和な顔を忙・・・ 宮本百合子 「小鈴」
出典:青空文庫