・・・彼の病は重りに重って、蘭袋の薬を貰ってから、まだ十日と経たない内に、今日か明日かと云う容態になった。彼はそう云う苦痛の中にも、執念く敵打の望を忘れなかった。喜三郎は彼の呻吟の中に、しばしば八幡大菩薩と云う言葉がかすかに洩れるのを聞いた。殊に・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「どうもお律の容態が思わしくないから、慎太郎の所へ電報を打ってくれ。」「そんなに悪いの?」 洋一は思わず大きな声を出した。「まあ、ふだんが達者だから、急にどうと云う事もあるまいがね、――慎太郎へだけ知らせた方が――」 洋・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・が、いくら医者が手を尽しても、茂作の病気は重くなるばかりで、ほとんど一週間と経たない内に、もう今日か明日かと云う容体になってしまいました。 するとある夜の事、お栄のよく寝入っている部屋へ、突然祖母がはいって来て、眠むがるのを無理に抱き起・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ ふッ、と言いそうなその容体。泡を払うがごとく、むくりと浮いて出た。 その内、一本根から断って、逆手に取ったが、くなくなした奴、胴中を巻いて水分かれをさして遣れ。 で、密と離れた処から突ッ込んで、横寄せに、そろりと寄せて、這奴が・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 扱帯の下を氷で冷すばかりの容体を、新造が枕頭に取詰めて、このくらいなことで半日でも客を断るということがありますか、死んだ浮舟なんざ、手拭で汗を拭く度に肉が殺げて目に見えて手足が細くなった、それさえ我儘をさしちゃあおきませなんだ、貴女は・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ ただ、時々……「さあさあ看板に無い処は木曾もあるよ、木曾街道もあるよ。」 とばかりで、上目でじろりとお立合を見て、黙然として澄まし返る。 容体がさも、ものありげで、鶴の一声という趣。もがき騒いで呼立てない、非凡の見識おのず・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 道々考えるともなく、自分の今日の奮闘はわれながら意想外であったと思うにつけ、深夜十二時あえて見る人もないが、わがこの容態はどうだ。腐った下の帯に乳鑵二箇を負ひ三箇のバケツを片手に捧げ片手に牛を牽いている。臍も脛も出ずるがままに隠しもせ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 二三日来急に容体の変って来た新造の病気を診察した後で、医者は二階から下りてこうお光に言ったのである。なるほど素人目にも、この二三日の容体はさすがに気遣われたのであるが、日ごろ腎臓病なるものは必ず全治するものと妄信していたお光の、このゆ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・こんな訳で、内証言は一つも言えませんから、私は医師の宅まで出かけて本当の容態を聴こうと思いました。これは余程思切った事で、若し医師が駄目と言われたら何としようと躊躇しましたが、それでも聞いておく必要は大いにあると思って、決心して診察室へはい・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ そんなふうではじめ吉田にはその娘のことよりもお婆さんのことがその荒物屋についての知識を占めていたのであるが、だんだんその娘のことが自分のことにも関聯して注意されて来たのはだいぶんその娘の容態も悪くなって来てからであった。近所の人の話で・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫