・・・もっともそれなんぞ見えるような容易い積り方じゃありません。 御存じの方は、武生と言えば、ああ、水のきれいな処かと言われます――この水が鐘を鍛えるのに適するそうで、釜、鍋、庖丁、一切の名産――その昔は、聞えた刀鍛冶も住みました。今も鍛冶屋・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ところで笊の目を潜らして、口から口へ哺めるのは――人間の方でもその計略だったのだから――いとも容易い。 だのに、餌を見せながら鳴き叫ばせつつ身を退いて飛廻るのは、あまり利口でない人間にも的確に解せられた。「あかちゃんや、あかちゃんや、う・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 或る時、その頃私は痩せていたので、ドウしたら肥るだろうと訊くと、「それは容易い事だ。毎日一度大飯を喰って、日比谷の原を早足で三遍も廻れば直き肥る。それには牛肉で飯を喰うのが一番だ。肉が営養があるというわけではないので、食慾を刺戟す・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・煩いのない静かなところに旅行して暫く落ちついてみたい――こんな慾望を持っていますが、さて容易いようで実行できないものですね。住いですか? これには面白い話しがありますのよ。今いる家は静かそうに思って移ったのですが、後に工場みたいなものがあっ・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・妻のそれを満すことが目下より容易いことであったら、先ずそれを先にし、後良人の方に取かかる。又、場合によっては、それが逆になるようなこともありましょう。お客があって、妻が丁度話しに身が入った時、紅茶を出すべき刻限になった。良人が立って行って、・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・しかし市民が自分たちですぐ列をつくってゆく心理や習慣を持っているということは彼等にとって決してなま容易い生活経験から身につけられたものではないにちがいない。第一次の大戦というものは、彼等に深刻な社会的な逼迫から人間のつくる列の真意をさとらせ・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫