・・・ それは道徳的意識に根ざした、何物をも容赦しないリアリズムである。 菊池寛の感想を集めた「文芸春秋」の中に、「現代の作家は何人でも人道主義を持っている。同時に何人でもリアリストたらざる作家はない。」と云う意味を述べた一節がある。現代の作・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・わたしは一天万乗の君でも容赦しない使なのです。 小町 あなたは情を知らないのですか? わたしが今死んで御覧なさい。深草の少将はどうするでしょう? わたしは少将と約束しました。天に在っては比翼の鳥、地に在っては連理の枝、――ああ、あの約束・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・しかも明治維新とともに生まれた卑しむべき新文明の実利主義は全国にわたって、この大いなる中世の城楼を、なんの容赦もなく破壊した。自分は、不忍池を埋めて家屋を建築しようという論者をさえ生んだわらうべき時代思想を考えると、この破壊もただ微笑をもっ・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・あいにく宅は普請中でございますので、何かと不行届の儀は御容赦下さいまして、まず御緩りと……と丁寧に挨拶をして立つと、そこへ茶を運んで来たのが、いま思うとこの女中らしい。 実は小春日の明い街道から、衝と入ったのでは、人顔も容子も何も分らな・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・エスキリストをもて人の隠微たることを鞫き給わん日に於てである、其日に於て我等は人を議するが如くに議せられ、人を量るが如くに量らるるのである、其日に於て矜恤ある者は矜恤を以て審判かれ、残酷無慈悲なる者は容赦なく審判かるるのである、「我等に負債・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ 誰彼の差別も容赦もあらあらしく、老若男女入りみだれて、言い勝ちに、出任せ放題の悪口をわめき散らし、まるで一年中の悪口雑言の限りを、この一晩に尽したかのような騒ぎであった。 如何に罵られても、この夜ばかりは恨みにきかず、立ちどころに・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・おまけに、夜更けとともにおびただしく出て来た蚊は、寿子の腕や手や首を、容赦なく刺すのだった。「可哀想に……」 という身を切られるような想いが、さすがにちらと庄之助の胸をかすめたが、しかし、彼は依然として、寿子を蚊帳の中へ入れようとせ・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・しくたまたまかけちがえば互いの名を右や左や灰へ曲書き一里を千里と帰ったあくる夜千里を一里とまた出て来て顔合わせればそれで気が済む雛さま事罪のない遊びと歌川の内儀からが評判したりしがある夜会話の欠乏から容赦のない欠伸防ぎにお前と一番の仲よしは・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・デイモンは容赦なく死刑場に引き出されました。獄卒は死刑の道具をそろえて待っていました。デイモンは、もう二、三分間もたてば冷たい死骸になってしまうのです。しかし彼は、その間際になっても、ピシアスは決してうそをついたのではない、ただ、やむをえな・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・敵には容赦をしてはならぬ。ジイドもちゃんと言っている。「闘争に生き、」と抜からず、ちゃんと言っている。敵は? ああ、それはラジオじゃ無い! 原稿料じゃ無い。批評家じゃ無い。古老の曰く、「心中の敵、最も恐るべし。」私の小説が、まだ下手くそで伸・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
出典:青空文庫