・・・日を受けて光る冬の緑葉には言うに言われぬかがやきがあって、密集した葉と葉の間からは大きな蕾が顔を出して居た。何かの深い微笑のように咲くあの椿の花の中には霜の来る前に早や開落したのさえあった。「冬」は私に八つ手の樹を指して見せた。そこには・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・大勢の踊手が密集した方陣形に整列して白刃を舞わし、音楽に合せて白刃と紙の采配とを打合わせる。その度ごとに采配が切断されてその白い紙片が吹雪のように散乱する。音頭取が一つ拍子を狂わせるとたちまち怪我人が出来るそうである。 映画の立廻りの代・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・またその延焼区域の住民家屋の種類、密集の程度にもよることもちろんである。これらの支配因子が与えられた場合に、火災が自由に延焼するとすればいかなる速度でいかなる面積に広がるかという問題についてたしかな解答を与えることは現在において困難である。・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ 彼は、警官の密集を利用しようとする、本能的な且つ職業的な彼一流の計画を忘れて、その小僧っ子に、いつか全幅の考えを奪われてしまった。 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・開かれた扉の際の際まで、人民の意欲として生活的文学的創造の力が密集していて、それは奔流となってほとばしり、苦悩と堅忍と勝利への見とおしを高ならせたであろう。その潮にともに流れてこそ、作家は、新しい文学の真の母胎である大衆生活のうちに自身の進・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ ○五工 は家庭器具で一 二 三階とも工人密集して働き、年が若く、女が多い。現在1割「××モーター」三百名ほどまとまり、十銭の会費完納。一部でヒ行器のエンジン。─────────────────────────────────・・・ 宮本百合子 「工場労働者の生活について」
・・・自ら密集した。そして焙けつくような視線でいつまでも立ち去らず蝋燭の光に照し出された牢獄の有様を眺め入った。 がっちりした肩を突き合わせた彼等の密集は底強い圧力を感じさせた。執拗な抗議を感じさせた。彼等が闘いとった権力をもう二度とツァーに・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 冬宮を占領したボルシェヴィキーは、密集した列をつくって壮麗な広間へと通り抜けた。歴史的瞬間であった。誰かが手をのばして広間に飾ってある置時計を盗んだ。すぐ続いて次の手、次の手、たちまち熱く叫ぶ声が前方からおちて来た。 ――タワーリ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・工場の煙突から煙を吐くだろうが、これは凝っと密集して光のない空に突き刺っている。現実にはこっちからその中へ進んで行っているのだが、感じは逆で、むこうが此方へ圧倒的にせり上って来るような凄じい気分である。 チラリとエメラルド色をした水が視・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・p.260○われわれは彼以前にこれほど密集的な感情の多様を知らず われわれの霊的混淆についてこれほど多くを知らなかったのである。p.261◎われわれの認識の豊かさに徴して明かな通り、われわれが過去に比して感情の一層分化した最初の人間・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
出典:青空文庫