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京都市中京区、冷泉 (れいぜい) 小路の南、富小路の東にあった中世の邸宅および里内裏 (さとだいり) の名。もと西園寺実氏の邸で、後堀河上皇の御所となり、花園天皇が拡張、持明院統歴代の御所となった。のち、後醍醐天皇の皇居。延元元年=建武3年(1336)焼亡。冷泉富小路殿。