・・・ などと、富田無敵のために首なき男を作ろうと、奇妙なことを考えている。この男はどこまで正気なのか、わからなかった。 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・「小伝馬町の富田さんでも、今度の震災ではお気の毒だねえ。あそこの家の子息さんも切通しで亡くなったってねえ。お力はあの子息さんを覚えているだろう」 髪をなでつける人、なでつけて貰う人の間には、すべてが思い出の種でないものはなかった。お・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・たとえば、これまで深川の貧民たちのために尽力していた、富田老巡査のごときは、火の危険な街上にしまいまで立ちつくして、みんなを安全な方向ににがし/\したあげく、じぶんはついに焼け死んでしまいました。また、下谷から焼け出された或四十がっこうの一・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 速水御舟の「家」の絵は見つけどころに共鳴する。しかしこれはむしろやはり油絵の題材でないか。とにかくこの人の絵はまじめであるがことしのは失敗だと思う。 富田渓仙の巻物にはいいところがあるが少し奇を弄したところと色彩の子供らしさとが目・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・かつて保護観察所長をしていた思想検事の長谷川劉が、現在最高裁判所のメムバーであって、さきごろ、柔道家であり、漫談家、作家である石黒敬七、富田常雄などと会談して、ペン・ワン・クラブというものをつくることを提案している。名目は、腕力のあるペン・・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・もういいのかと思ったら富田さんがいそいで来て、木村先生が御自分でいらっしゃってからおとりになるんだそうですからと云うことだ。若い写真師は廊下で待ちどおしそうにしている。木村先生がひとりで来られ、写真師もまた入って来た。木村先生は粉はないか、・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・とよばれる創作方法に対して、林房雄、富田常雄を筆頭とする中間小説の作家たちは、「純文学とか大衆文学とかいう色わけがなくなってしまうのが当然」であるとして、現在自分たちの書いている文学が「大衆の生活にたのしみを与え、豊かにし、また生きてゆく上・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・検事一体ということがあって、取調べにあたっての主任検事であった田中検事ほか泉川、平山、富田、木村、屋代、磯山の諸検事は公判廷から姿を消している。 八月一日に検挙された竹内被告が、三鷹の電車暴走を単独行為として自供したのは八月二十日のこと・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ 私のいら立ちが激しくなるにつれて家中のざわめきは益々ひどくなって、台所で女中が弾んだ声で、「富田さん富田さんと叫ぶのに混ってバタバタ云う草履の音や氷を欠く響きが只事ならず段々更けて行く夜の空気を乱して聞えて来た。 ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・一人は裁判所長の戸川という胡麻塩頭の男である。一人は富田という市病院長で、東京大学を卒業してから、この土地へ来て洋行の費用を貯えているのである。費用も大概出来たので、近いうちに北川という若い医学士に跡を譲って、出発すると云っている。富田院長・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫