・・・ 二三月の一番寒い頃も過ぎた。お母あ様が「向うはこんな事ではあるまいね」と尋ねて見た。「それはグラットアイスと云って、寒い盛りに一寸温かい晩があって、積った雪が上融をして、それが朝氷っていることがあります。木の枝は硝子で包んだようになっ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・そこここわがままに生えていた木もすでに緑の上衣を剥がれて、寒いか、風に慄えていると、旅帰りの椋鳥は慰め顔にも澄ましきッて囀ッている。ところへ大層急ぎ足で西の方から歩行て来るのはわずか二人の武者で、いずれも旅行の体だ。 一人は五十前後だろ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「陛下、お寒いのでございますか」「余は胸が痛むのだ」「侍医をお呼びいたしましょうか」「いや、余は暫くお前と一緒に眠れば良い」 ナポレオンはルイザの肩に手をかけた。ルイザはナポレオンの腕から戦慄を噛み殺した力強い痙攣を感じ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・独逸はまだひどく寒いのです。今時分お帰りなさるようでは、あなたは御保養にいらっしゃったのではございませんね。」「いいえ。わたくしも病気なのでございます。」 この詞を、女は悲しげに云った。しかし悲しいながらも自分の運命と和睦している、・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫