・・・従って、彼は彼等に対しても、終始寛容の態度を改めなかった。まして、復讐の事の成った今になって見れば、彼等に与う可きものは、ただ憫笑が残っているだけである。それを世間は、殺しても猶飽き足らないように、思っているらしい。何故我々を忠義の士とする・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・したがって小さい時から孤独でひとりで立っていかなければならなかったのと、父その人があまり正直であるため、しばしば人の欺くところとなった苦い経験があるのとで、人に欺かれないために、人に対して寛容でない偏狭な所があった。これは境遇と性質とから来・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・ が、この不しだらな夫人のために泥を塗られても少しも平時の沈着を喪わないで穏便に済まし、恩を仇で報ゆるに等しいYの不埒をさえも寛容して、諄々と訓誡した上に帰国の旅費まで恵み、あまつさえ自分に罪を犯した不義者を心から悔悛めさせるための修養・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 事、キリスト教と学生とにかんすること多し、しかれどもまた多少一般の人生問題を論究せざるにあらず、これけだし余の親友京都便利堂主人がしいてこれを発刊せしゆえなるべし、読者の寛容を待つ。 明治三十年六月二十日東京青山において・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・だからして、王さまと王妃さまの深き御寛容を無視しては、この物語は成立せぬ。お前たちは、まだ若い。そういう蔭の御理解に気が附かず、ただもう王子さまやラプンツェルの恋慕の事ばかり問題にしている。まだ、いたらんようじゃ。わしは、ヴィクトル・ユーゴ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・しかしニーチェを評してギラギラしていると云った彼はこれらの弱点に対してかなり気の永い寛容を示している。迫害者に対しては常に受動的であり、教えを乞う者にはどんな馬鹿な質問にでも真面目に親切に答えている。 智能の世界においての貴族である彼は・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ただ生来の不文のために我学界に礼を失するがごとき点があるかもしれないが、これについては単えに読者の寛容を祈る次第である。 寺田寅彦 「学位について」
・・・それで、負惜しみのようではあるが、物理学を専攻する人間でも、座談や随筆の中ではいくらか自由な用語の選択を寛容してもらいたいと思うのである。 この抗議のはがきの差出人は某病院外科医員花輪盛としてあった。この姓名は臨時にこしらえたものらしい・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・これはやはり人間、というよりむしろ私の言語の不完全のせいだとして読者の寛容を祈る事とする。 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・賢明なる読者の寛容を祈る。 寺田寅彦 「スパーク」
出典:青空文庫