・・・大降りだな、――慎太郎はそう思いながら、早速寝間着を着換えにかかった。すると帯を解いていたお絹が、やや皮肉に彼へ声をかけた。「慎ちゃん。お早う。」「お早う、お母さんは?」「昨夜はずっと苦しみ通し。――」「寝られないの?」・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・彼女は桑を摘みに来たのか、寝間着に手拭をかぶったなり、大きい笊を抱えていた。そうして何か迂散そうに、じろじろ二人を見比べていた。「相撲だよう。叔母さん。」 金三はわざと元気そうに云った。が、良平は震えながら、相手の言葉を打ち切るよう・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・ といってお母さんはちょっと真面目な顔をなさったが、すぐそのあとからにこにこして僕の寝間着を着かえさせて下さった。 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・と、友人は寝巻に着かえながらしみじみ語った。下の座敷から年上の子の泣き声が聞えた。つづいて年下の子が泣き出した。細君は急いで下りて行った。「あれやさかい厭になってしまう。親子四人の為めに僅かの給料で毎日々々こき使われ、帰って晩酌でも一杯・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・いちじくの葉かげから見えたのは、しごき一つのだらしない寝巻き姿が、楊枝をくわえて、井戸端からこちらを見て笑っている。「正ちゃん、いいものをあげようか?」「ああ」と立ちあがって、両手を出した。「ほうるよ」と、しなやかにだが、勢いよ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・伊達巻の寝巻姿にハデなお召の羽織を引掛けた寝白粉の処班らな若い女がベチャクチャ喋べくっていた。煤だらけな顔をした耄碌頭巾の好い若い衆が気が抜けたように茫然立っていた。刺子姿の消火夫が忙がしそうに雑沓を縫って往ったり来たりしていた。 泥塗・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・はだけた寝巻から覗いている胸も手術の跡が醜く窪み、女の胸ではなかった。ふと眼を外らすと、寺田はもう上向けた注射器の底を押して、液を噴き上げていた。すると、嫉妬は空気と共に流れ出し、安心した寺田は一代の腕のカサカサした皮をつまみ上げると、プス・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・と歌うように言って降りて来たのを見ると、真赤な色のサテン地の寝巻ともピジャマともドイスともつかぬ怪しげな服を暑くるしく着ていた。作業服のように上衣とズボンが一つになっていて、真中には首から股のあたりまでチャックがついている。二つに割れる仕掛・・・ 織田作之助 「世相」
・・・パトロンは早々と部屋へ連れて上って、みすぼらしい着物を寝巻に着更えさせるだろう。彼女は化粧を直すため、鏡台の前で、ハンドバッグをあけるだろう。その中には仁丹の袋がはいっている。仁丹を口に入れて、ポリポリ噛みながら、化粧して、それから、ベッド・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・くたくたになって二階の四畳半で一刻うとうとしたかと思うと、もう目覚ましがジジーと鳴った。寝巻のままで階下に降りると、顔も洗わぬうちに、「朝食出来ます、四品付十八銭」の立看板を出した。朝帰りの客を当て込んで味噌汁、煮豆、漬物、ご飯と都合四品で・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫