・・・その上酒は竹葉青、肴は鱸に蟹と云うのだから、僕の満足は察してくれ給え。実際僕は久しぶりに、旅愁も何も忘れながら、陶然と盃を口にしていた。その内にふと気がつくと、誰か一人幕の陰から、時々こちらを覗くものがある。が、僕はそちらを見るが早いか、す・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・「その後の事は云わずとも、大抵御察しがつくでしょう。勇之助は母親につれられて、横浜の家へ帰りました。女は夫や子供の死後、情深い運送屋主人夫婦の勧め通り、達者な針仕事を人に教えて、つつましいながらも苦しくない生計を立てていたのです。」・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・兄のような健康には、春の来るのがどのくらい祝福であるかをお察しする。 僕の生活の長い蟄眠期もようやく終わりを告げようとしているかに見える。十年も昔僕らがまだ札幌にいたころ、打ち明け話に兄にいっておいたことを、このごろになってやっと実行し・・・ 有島武郎 「片信」
・・・――引手茶屋がはじめた鳥屋でないと、深更に聞く、鶏の声の嬉しいものでないことに、読者のお察しは、どうかと思う。 時に、あの唄は、どんな化ものが出るのだろう。鴾氏も、のちにお京さん――細君に聞いた。と、忘れたと云って教えなかった。「―・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・……私は目を瞑った、ほとんだ気が狂ったのだとお察しを願いたい。 為業は狂人です、狂人は御覧のごとく、浅間しい人間の区々たる一個の私です。 が、鍵は宇宙が奪いました、これは永遠に捜せますまい。発見せますまい、決して帰らない、戻りますま・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・仕事の習い始めは随分つらいもんだという察しがあるならば、少しは思いやってくれてもよさそうなものと思っても、兄や姉には口答えもできない、母に口答えするように兄や姉に口答えしたらたいへんが起こる。どこの家でもそうとはきまっていないが、親子と兄弟・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・蕎麦屋と聴けば、僕も吉弥に引ッ込まれたことがあって、よく知っているから、そこへ行っている事情は十分察しられるので、いいことを聴かしてくれたと思った。しかし、この利口ではあるが小癪な娘を、教えてやっているが、僕は内心非常に嫌いであった。年にも・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・どんなに置いていった子供のことに心を取らたろうと、だれしも深く察して、牛女をあわれまぬものはなかったのであります。 人々は寄り集まって、牛女の葬式を出して、墓地にうずめてやりました。そして、後に残った子供を、みんながめんどうを見て育てて・・・ 小川未明 「牛女」
・・・「そうだろうともねえ、察しるよ! 私も――縁起でもないけど――何しろお前さんの便りはなし、それにあちこち聞き合わして見ると、てんで船の行方からして分らないというんだもの。ああ気の毒に! 金さんはそれじゃ船ぐるみ吹き流されるか、それとも沖・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・はいるなりKという少女はあん蜜を注文したが、私はおもむろに献立表を観察して、ぶぶ漬という字が眼にはいると、いきなり空腹を感じて、ぶぶ漬を注文した。やらし人やなというKの言葉を平然と聞流しながら、生唾をのみこみのみこみ、ぶぶ漬の運ばれて来るの・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫