・・・ 性の欲求、恋愛は人間の本性上、ことに男子にとっては、自由を欲するものであって、それはまた生活精力上、審美上、優生学上の機微とからまり、自然の不思議な意志が織りこまれているものである。この天然と生命との機微を無視するキリスト教的、人道主・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 教養と、理智と、審美と、こんなものが私たちを、私を、懊悩のどん底の、そのまた底までたたき込んじゃった。十郎様。この度の、全く新しい小さな愛人のために、およろこび申し上げます。笑われても殺されてもいい、一生に一度のおねがい、お医者さまに・・・ 太宰治 「古典風」
・・・刈りかけた中途で客間から見た時になるべく見にくくないようにという審美的の要求もあった。いちばん延び過ぎた所から始めるという植物の発育を本位に置いた考案もあった。こんな事にまで現代ふうの見方を持って来るとすれば、ともかくも科学的に能率をよくす・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ 試みに審美的のめがねをかなぐりすてて、一つの心理的なからくりの中の歯車や弾条を点検するような無風流な科学者の態度で古人の連句をのぞいてみたらどうであろうか。まず前にも例示した『灰汁桶』の巻を開いて見る。芭蕉の「あぶらかすりて」の次の次・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・無限の感謝は新時代の企てた女子教育の効果が、専制時代のそれに比して、徳育的にも智育的にも実用的にも審美的にも一つとして見るべきもののない実例となし得るがためである。無筆のお妾は瓦斯ストーヴも、エプロンも、西洋綴の料理案内という書物も、凡て下・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・定見とは伝習の道徳観と並に審美観とである。これを破却するは曠世の天才にして初めて為し得るのである。 わたしの眼に映じた新らしき女の生活は、あたかも婦人雑誌の表紙に見る石版摺の彩色画と殆撰ぶところなきものであった。新しき女の持っている情緒・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・家となった一青年が、爆裂弾のために全村尽く破滅したその故郷に遊び、むかしの静な村落が戦後一変して物質的文明の利器を集めた一新市街になっているのを目撃し、悲愁の情と共にまた一縷の希望を感じ、時勢につれて審美の観念の変動し行くことを述べた深刻な・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 科学と文学の交流 よく科学者に珍らしい詩人的要素とか審美的な感覚とかいう表現が、一つの讚辞として流用されている。故寺田寅彦博士の存在は、文化の綜合的な享楽者または与え手という意味で、多数の人々の敬愛をあつめて・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ 同じ古本のつみ重りの下から、池辺義象の『仏国風俗問答』明治三十四年版と、明治二十五年発行の森鴎外『美奈和集』、同じ人の三十五年二月発行『審美極致論』が埃にまびれて現れた。「当世書生気質」を収録した『太陽』増刊号の赤いクロースの厚い菊判・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・その頃は宮廷の風流はほとんど様式として完成されていた時代で、艶なること、あわれなることとして審美的に評価されることのありようも大方はきまった内容がつけられていた。清少納言は彼女の感覚の発溂さから多くのところでそういう美感の常識を破って、いか・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫