・・・語学の勉強と称して、和文対訳のドイルのものを買って来て、和文のところばかり読んでいる。きょうだい中で、母のことを心配しているのは自分だけだと、ひそかに悲壮の感に打たれている。 父は、五年まえに死んでいる。けれども、くらしの不安はない。要・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・語学の勉強と称して、和文対訳のドイルのものを買って来て、和文のところばかり読んでいる。きょうだい中で、家のことを心配しているのは自分だけだと、ひそかに悲壮の感に打たれている。―― 以上が、その短篇小説の冒頭の文章であって、それから、ささ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・を見れば感情と姿勢の対訳を教えられる。そしてそれらは単に見る人の知識となるばかりでなく、一つ一つの生きた体験になるのである。もし聖賢の教えがわれわれの衣服の表になるものであれば、漫画の作品はその裏地の一片にはなる。前者が健胃剤ならば後者は少・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・蘭和対訳の二冊物で、大きい厚い和本である。それを引っ繰り返して見ているうちに、サフランと云う語に撞着した。まだ植字啓源などと云う本の行われた時代の字書だから、音訳に漢字が当て嵌めてある。今でもその字を記憶しているから、ここに書いても好いが、・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・この本と南江堂で買ったロシア、ドイツの対訳辞書とがあったので、私は満州にいる間、少なからぬ便利を感じた。 私が満州で受け取った手紙のうちに、安国寺さんの手紙があった。その中に重い病気のためにドイツ語の研究を思い止まって、房州辺の海岸へ転・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫